ディアッカが戻ってきてジュール隊は活気付いた。ディアッカの存在がジュール隊にとってどれほどの潤滑剤になっていたのかということを隊員の誰もが改めて思いなおすほどにその存在は大きかった。
 隊員の中でのちょこちょことした人間関係の問題も相談したらあっけないくらい簡単に片付いてしまったり、解決方法がなくて途方にくれていたメカニックにちょっとしたヒントを与えて感謝されたり。そして何よりもイザークの機嫌がよくなったというのが大きかった。ディアッカのいない間はイライラしがちだったイザークがイラつくこともなく悠然としているのに隊員の誰もがほっと胸をなでおろしたのだった。
 だがミハエルにとってはそれが面白くなかった。自分は副官としてきちんと仕事していたのにまるで副官が不在だったかのようにみんながディアッカの復帰を喜んでいるのだ。
「エルスマン先輩」
 ジュール隊の慣例に倣わずにディアッカを意地でもそう呼ぶつもりらしいミハエルをかわいいなぁと鼻で笑うようにしながら復帰した副官はその新人を向く。
「何?」
 滑らかにキーボードを叩きながら向きあうように設置された席に座る濃紺紫の髪の少年は強く睨むような視線を向けた。
「何故戻ってこられたんですか? そのまま新部隊で隊長に昇格できたかもしれないという話だったんじゃないんですか」
 その言葉にディアッカはふぅーんと感心するように笑った。
「それ、どこで聞いた話?」
 問われたミハエルは涼しげな顔をしている。
「どこでもないです、噂なんてどこにでもあるでしょう、それよりどうしてなんです?」
 ディアッカが新部隊で隊長に昇格するという話は実際にあった。表立ってのものじゃないが軍の上層部からそういった打診があったのは確かだ。だがそれはイザークにも言っていない話で、噂になんてなっているはずもない内密のことをどうしてミハエルが知っているのか、とディアッカは訝しむ。
「隊長って器じゃないからねーオレは」
交わすようなディアッカの物言いにミハエルは大人しい後輩でいることをやめて尋ねた。
「正直に言ってくださいよ、ジュール隊長と離れたくないからでしょう、先輩」
 先輩、にわざとらしく甘い口調を絡めて笑うミハエルにディアッカは不穏な気配を感じた。
「何が言いたい?」
「別に、ただ思っただけです」
 澄まして言うミハエルにディアッカは思い切って正面から攻めることにする。ちょうど今、イザークは本部での会議に出席していて執務室には不在だった。いつかは直接確かめてやろうと思っていたのだが、いまが絶好の機会かもしれなかった。
「あっそう。ところでエリートな主席君は何を考えてジュール隊にいるんだ?」
 自分をエルスマンと呼ぶ後輩をファーストネームで呼んでやるほどディアッカはできた人間じゃなかった。
「何をって・・・? 僕はただエリート部隊のジュール隊に配属になってよろこんでるだけですよ。精一杯仕事をしようと思ってやってますしね」
 緑に落ちたあなたとは違う、と下から見上げるように睨んでミハエルは答えた。
「その配属って軍の上層部が絡んでるんだって? なんでもお前は国防委員の甥なんだとか。随分今期の卒業生の配属には口うるさい委員が一人いたらしいな」
 ディアッカの指摘にミハエルは一瞬まずそうな顔をしたがすぐに表情を取り戻した。
「さすがにジュール隊の副官をしている人ともなればそれくらいはわかりましたか。その分ジュール隊長ご自身は知らないようですが、なるほど貴方が副官としていれば不要な情報は耳に入らないというわけですね。・・・確かに僕はエイブス・ランドエルの甥ですよ。僕がジュール隊に配属になったことに叔父が関係しているのも事実です。でもそれは息子のいない叔父がかわいがってる甥の希望を叶えるために動いたというだけで、実際僕にはそれだけの実力がありましたからたいした問題じゃないでしょう」
 あっさりと認めてミハエルは笑う。そこには自分はエリートだという誇りが垣間見えた。
 ディアッカの周りにもエリートはいくらいでもいた。大体イザークがエリート意識の塊みたいな奴だったし、アスランだって今や伝説のエース呼ばわりだ。だが、不思議とそれを嫌に感じることはなかった。彼らと同じ立場にいたから見えなかっただけなのだろうか。年下のミハエルに感じる不遜とも思えるような態度はなんだか新鮮にすら感じられる。 けれどディアッカはのんびりとそんなことに感心している気はなかった。
「そーいう建前はいいよ。そのエイブス・ランドエルが次期国防委員長の候補だというのはオレだって知ってる。そしてそのランドエルが勢力固めのためにいろいろと動いてるっていうのもな」
 ディアッカの言葉にミハエルは顔色を変えた。
「何を言いたいんです?」
「いまさっき褒めてくれただろ、さすがジュール隊の副官だって。だからそーいうこと全部わかってんだよ、お前の目的もな」
 言ってディアッカはミハエルを睨みつけた。
 ディアッカはジュール隊を離れている間、ミハエルの背後関係を調べていた。配属直後でも色々とあるらしいということはわかったのだが、細かく調べていくと思った以上の話になりそうだった。
 エイブス・ランドエルは次期国防委員長を狙っている。そしてその勢力固めの一環としてZAFTの内部にも自分の息の掛かった人間を多く送り込み組織の掌握を図っているらしいということをディアッカは知った。そしてミハエルがジュール隊に配属になったのもその一部だった。
 イザークはジュール隊で特別な位置にいる。それは彼の背景が影響している。母親のエザリアは今は引退しているとはいえ、パトリック・ザラの下で力を発揮した評議会議員でその美貌もあって未だに人気が耐えない。そしてイザーク自身もZAFTの内部で人気実力ともに圧倒的なものだ。親子が無関係とはいえ、イザークがZAFTにいる限りエザリアが政治に復帰したときにZAFTのトップにイザークが就く可能性は非常に高いと思われていた。それはイザークの圧倒的な支持者が望んでいるだけの話に過ぎなかったが、イザーク・ジュールのエリートとしての道は視界明瞭とばかりに拓かれており、噂を信じて疑わない者もいるほどだった。だがそれは一部の者にとっては都合が悪いことだ。その一部の者がランドエルであり、イザークの失脚を狙うためにミハエルは配属になったということらしかった。
 ディアッカの言葉にミハエルは降参したとばかりに両手のひらをディアッカに向けてあげて見せた。
「さすがですね、改めて敬服しますよ」
 易々と認めたミハエルにディアッカは何を考えているのだろうとその表情を探るように見る。
「確かに叔父にジュール隊を自分のものにしろ、といわれていたのは事実です。あなたたちの頃とは違って今は停戦状態にある軍で功績をあげるのは難しいですから、部隊の編成もそうそう変わることはありません。戦場で臨時に指揮を取る赤服なんてのもありえない話ですからね。そういう状況で出世の近道は副官になることが手っ取り早いんです」
「だろうな」
 相槌をうちながらディアッカは長い脚を組みなおす。
「えぇ。それがジュール隊ともなれば尚更叔父にとっては都合が良かった。そして僕自身も新人がジュール隊の副官になるというのは主席卒業の人間のステイタスとしては満足できるものでした」
 言うとミハエルは両手の指を組んでデスクに両肘を突いた。その手の甲に顎を乗せ、鼻先からディアッカを見遣る。
「だからオレを飛ばすように上から細工させたってわけか。残念ながらそれは無駄に終わったけどな」
「まぁ、手続きの不備とはそのあたりが叔父の詰めの甘さでしょうね。だから候補といわれながらも2期も委員長になり損ねているんでしょう」
 冷徹に言ってミハエルは笑う。そんな新人にディアッカは不思議になって聞く。
「笑ってられんのか? ランドエルが力を失えばお前だってやばくなる可能性があるだろうが」
 ディアッカの指摘にミハエルは余裕ある顔で小さく笑う。
「配属のきっかけは叔父がらみでしたが、今はそれも関係ありません。僕は自分の意思でジュール隊の副官でいたいという理由ができましたから」
 あくまで先輩に対する会話という姿勢は崩さず、だがその内容は慇懃無礼と言えるものだった。
「理由? エリート街道を進むためか?」
 副官の指摘にミハエルは首を振って否定する。
「それもなくはありませんが、今の最大の理由は違います、隊長ですよ」
 その言葉にディアッカは眉を顰めて聞き返した。
「イザーク?」
 隊長をファーストネームで呼ぶことにミハエルは何故か自分の感情を踏みにじられるような嫌悪を覚えた。
「えぇ、隊長の傍にいたいと思ったんです、貴方と同じ理由でね」
 くすり、と唇の端に嫌味を乗せたような笑い方にディアッカはさっき感じた不穏な気配を再び感じ取った。
「同じ理由って何のことだ? 同僚になんてなれないだろ今さら」
 白々しい言葉にミハエルは声を立てて笑った。それにディアッカは視線を投げつける。
「そんな建前僕には必要ありませんよ」
「建前?」
「僕と貴方は同じ副官同士なんですから。隠し事は無しでいきましょうよ」
 遠まわしだが楽しんで言うミハエルにディアッカは嫌な予感がした。
この新人、イザークが理由ってまさか・・・。
そう思ったディアッカの表情に気がついてミハエルは自分の唇に指を当てながら薄灰色の瞳を細めて思い出したように言う。
「僕も知りませんでしたよ、隊長の唇があんなにひんやりとして心地いいものだなんて。ジュール隊の副官は公私共に隊長を支えなければいけないんですね」
 そのときの感触を思い出すかのように自らの唇をなぞりながらいうミハエルにディアッカはそれまでの余裕が嘘のようにデスクを叩いて立ち上がった。
「お前、何したっ!?」
 大股でミハエルに歩み寄りながらディアッカは低い声で問う。
「貴方が廊下で隊長としていたのと同じことですよ。僕が見ていたのはアンラッキーでしたね」
 にやり、と笑うミハエルをディアッカは反射的にその拳で殴りつけていた。
 ガッと鈍いた音が室内に響く。
「いやだな、隊長は貴方とのことを特別じゃないって言ってたんですよ。特別じゃない証拠に僕とも同じことができますかって聞いたのに・・・ははっ。これじゃ隊長の努力も水の泡ですね、まるで妻を寝取られたダンナみたいですよ先輩の顔」
 その言葉にディアッカは小さく舌打ちをする。ミハエルの発言はカマをかけられたようなもので、ディアッカはまんまとそれに引っかかってしまった格好だった。殴られた頬を痛そうに押さえながらミハエルはそれでも楽しそうな顔を崩さない。
「僕もジュール隊長の副官になりたいんですよ。いつもあの人の傍にいる地位にね。だから貴方がジュール隊に戻ってきたからといってそう簡単にはこの地位を降りるつもりはありません。僕の配属辞令は正式なもので、貴方の異動と違って異議を申し立てる理由もないですから、当分はこの立場にいられますし」
 ミハエルのセリフにディアッカは背を向けて歩き出す。
「逃げるんですか?」
 背中越しの届いた後輩の声にディアッカは普段の飄々とした雰囲気が嘘のように冷たくナイフを感じさせる顔で振り返る。
「まさか。敵に背中を見せるような奴はイザークの副官なんてやってられないぜ、真っ先に隊長本人に撃たれるからな」
 ミハエルの宣戦布告にディアッカはお前など問題外だと言ったのだ。それに気づいたミハエルは顔を真っ赤にしてその背中に怒鳴りつける。
「余裕ぶってんのもいい加減にしろよ!オレは降格されるようなあんたとは違って欲しいものは何だって手に入れて来たんだ、今度だって絶対に手に入れてやる!!」
 その声に何もこたえずにディアッカはドアの向こうに消えた。
 一人残されたミハエルは力一杯に拳を机にたたきつける。
「っくしょうっ、アイツ絶対に蹴落としてやるっ」






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