『スタンバイ・・・OK』
シミュレータのシートについたディアッカは緊張感のない声で状況を伝えた。
訓練をするためのその部屋に置かれた機械は全部で10台あるが、今はそのうちの2台だけに電源が入れられていた。広くはないその部屋に二人の人間がいて、他の人間は別の場所から様子をみている。
その空間を見下ろすように設けられた部屋は各マシンの状況が全てモニターできるようになっていてジュール隊の多くの人間はそこに詰め込まれるようにして見物に徹していた。ディアッカの実力は知れているが、新人のやけに自信満々なミハエルの態度は一部では反感を買っていて、それだけにディアッカに蹴散らして欲しいと思っている者も少なくなかったのだ。だからその部屋に見物に来た人間はジュール隊の大半を占めていて、中でもパイロットは全員がやってきていた。ジュール隊においてはミハエルよりもディアッカが副官にはふさわしいというのは隊員の間で明白な事実だったが、それをイザークが一方的に決めることはせずに互いに同じ場で実力を試すというのだから、誰もが面白いことになるだろうと思っていた。
その部屋のさらに奥にあるオペレーションルームに隊長であり、今回の審判でもあるイザークはいた。これからディアッカとミハエルが使うプログラムはイザークが手を入れたものだ。一般的なプログラムではイザークが求めるものには物足りない。そのためにイザークはこの二日ほど徹夜していたほどだった。
『ミハエル、準備は?』
マイクを通してイザークが確認する。
『完了です、いつでもいけます』
ミハエルからの返信を受け、イザークはプログラムを起動する。二人の目の前にある真っ黒い画面にびっしりと文字が流れ始めた。
『スタートは1分後だ。クリアできないなんてことはまさかないだろうな。暇なギャラリーが集まってるからせいぜい笑われないようにやることだ』
イザークは二人に同時に言ってマイクを切った。
暇なギャラリーというがイザークは今日の二人の勝負を訓練としており、他のものが興味を持つだろう事を見越してこの時間はフリーの訓練時間にしていたのだ。ディアッカは随分と物分りのいい隊長になったもんだ、と小さく笑う。その紫の瞳に映る文字が消え『Ready?』と人工の声が響く。そして二人の勝負は始まった。
勝負と言っても二人が対戦するわけではなかった。イザークはそれぞれに同時に同じものをやらせていて同じ場面での二人の対応の違いをみるつもりだった。もともとのプログラム自体が高レベルな設定になっているが、イザークが改修したというだけあってさらに難易度はあがっている。
「性格悪りぃなイザークって」
コクピットと同じに作られた空間でモニターは次々に敵を感知して情報を表示していく。片っ端からそれを片付けながらイザークが何を考えているのかをディアッカは頭の隅で考えていた。イザークの性格からして高得点であることは当たり前だった。
では何を見ているのか。
ディアッカが普段イザークの副官として意識していることはあまりない。どちらかというと当たり前になりすぎていて無意識な行動ばかりで改めて何を求められているのかと考えるとすぐには思いつかなかった。だが、イザークの中には絶対の指標があるはずだ。それに気づけばこんな敵の一つや二つ見逃したところでたいしたダメージにはならないのだろう、とそう結論付けてディアッカは、バカみたいに大量のMAやMSにうんざりとしながらビームライフルをこれでもか、とばかりに浴びせかけた。
「さすがにアカデミーのシミュレーターとはレベルが違う・・・」
現れる敵に確実に照準を合わせながらミハエルはつぶやいた。そうは言っても主席の実績があるミハエルにしてみれば難しいというほどではなかった。だが油断はできない。神経を張り詰めて取り囲む機器から与えられる情報を取りこぼさないようにと注意を払う。残りのエネルギー量と弾丸の数、そして自分の置かれた位置。それらを計算しながら最小の力で次々と敵を叩き落していく。その手ごたえを感じながらミハエルはディアッカに負けるとは微塵も思っていなかった。
「お、すげーじゃんミハエル。また叩き落したぜ」
モニターしていたパイロットから声が上がった。
「一撃必殺だな、攻撃に無駄がない」
誰かが感心すれば横からは別の声が上がる。
「アカデミーの主席だろ、それくらいじゃなきゃ話になんねぇって」
「でも確かに新人にしては動きに余裕があるわ」
シホもそう言ってミハエルを認める。
「でもディアッカ副長はもっと上だぜ。見てみろよ、エネルギー残量。ミハエルの1.5倍くらいはあるんだぜ」
その指摘に見ていた皆は感心とともに頷いた。
「副長、やらなくていい仕事はしないからなー」
普段の態度を示して誰かが言ってどっとギャラリー全体が沸く。それは好意からくる笑いだった。
ディアッカは敵への攻撃を最小限に抑えていた。振り切れる敵は振り切って、撃墜に3発必要でも1発で動力を奪えるのなら後者を選ぶ。それを意識しているわけではない。意識してやっていたら隙が出来て攻撃を喰らうようなところも瞬時にかつ無意識に判断しているから動きに無駄がなく、その結果敵を振り切る機会も自然と多く生まれているのだ。
二人は互いに敵の艦隊の中に飛び込んでいた。
シミュレーションは自分が小さな隊を率いている設定で仲間の3機を指示してその戦艦を落とすというのが最終的な目的だった。
次々と襲ってくるMAの攻撃をかわしながら、ディアッカはコンピュータに指示を打ち込む。それのとおりに味方機が動くとディアッカは自らど真ん中に飛び込んで敵の母艦に切り込んでいく。
「こーいうのはイザークの得意技だけどね」
小さく笑ってディアッカがまさに長射程ビーム砲を構えたときだった。
敵の艦から放たれたのは脱出用のシャトル。それが狙った照準を横切るように推力を得て離れていく。
「・・・!」
ディアッカの指がトリガーから離れた。だがその隙を見逃さず敵の主砲がディアッカの機体を狙いエネルギーを放出した。一瞬遅れた反応にディアッカの機体は足を高熱に溶かされてしまう。そしてバランスを失った機体を立て直しているとMAが突っ込んできて機体の肩を打ち抜いた。派手な爆発音がして機械系等がやられた表示がモニタにうるさく示される。それでもディアッカは自分を撃ったMAを撃墜してみせたがそこで時間切れだった。システムダウン、と表示されてディアッカがいたコクピットの内側に明かりが灯った。結局ディアッカは敵の母艦を落とせなかった。
ミハエルも同じ状況にいた。従えた味方機に援護をさせて自分が敵の真っ只中に突っ込んでいく。その姿はプライドの高いイザークのそれとそっくりだった。そして母艦の背後に回りこんでビーム砲を構えると、敵の脱出用のシャトルが放出された。それがモニタに示される。が、ミハエルは躊躇せずにトリガーを引いた。エネルギーの塊がミハエルのMSから放たれて照準の中にあったシャトルを巻きこみながら母艦のエンジン部分を破壊した。止めとばかりに続けて2発を食らわせるとその艦は爆発をし、巨大な炎を噴出しながら離れきっていなかったシャトルをいくつも巻き添えにして音もなく真っ赤に燃え上がりながら宇宙の闇へと消えて行った。
オールクリア、と画面に表示がされてミハエルはほっと息をつく。そしてモニタには灯りが戻り、シミュレーションは終わりを告げた。
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