そして次の週もディアッカは外出した。
 いよいよ疑惑は強まり、苛立つイザークをミゲルが楽しそうにからかっているときに意外なところからそのニュースが飛び込んできた。

「大変だ、大変だぁ!」
 パイロットコースの生徒の一人がラウンジに飛び込んできた。その場所はトップ組と言われる決まったメンバーのたまり場で、その場所へ来るということはそのメンバーに知らせたいことがあるという意味だった。
「なんだよ、ケント。そんなに慌てて」
 ミゲルが冷ややかに言うと、漸く呼吸を整えながらその生徒はメンバーの顔を確認して切り出した。
「いま、カールが外出しててそっから通信してきたんだけど・・・見ろよ!」
 差し出した携帯端末には送られてきたらしい画像が表示されている。そこにいるのは見間違いようのない褐色の肌に金髪の少年。
「ディアッカ・・・」
 信じられないという顔のイザークをよそにミゲルは確かめる。
「女連れだな、こりゃ完璧にデートだ」
「カールもしばらく見てたらしいけど、めっちゃかわいい子とレストランに入ってったって言うんだ。あいつ特定の彼女なんていたのかよ」
 ディアッカがイザークとできているというのは限られた範囲の秘密であって、一般の生徒には女好きでモテる奴と認識されている。特定の彼女がいないのは女に困らないからだというのが定説でそれが彼女がいたというので飛んできたらしい。
「彼女・・・」
 イザークの呟きにケント・キップリングはそれ以外に何があるのだという顔になる。
「すっげー親しそうにしてエスコートしてたって話だぜ。ディアッカ、今日外出してただろ」
 何も知らないケントの言葉にイザークの表情は凍り付いていく。危険を察したニコルはケントを誘導するように廊下へと連れて行き、手のひらをぎゅっと握り締めたまま立ち尽くしているイザークに、分りやすい奴、とミゲルは苦笑した。
「おい、お姫さん」
 声をかけても反応もしない。
「イザーク」
 アスランの声に反応した様子にミゲルはやれやれと肩をすくめる。
「そんなにショック受けるなよ。まだ確証があるわけじゃないんだし」
「だが、あんな写真みたら」
 少女の顔は見えなかったが、いくらか年下らしい女性を気遣う視線はどうみても嫌々じゃなかった。
「父親の知り合いの娘さんのエスコートしてるだけかもしれないだろ」
「それは・・・まぁ」
 ミゲルの指摘は尤もで、だけどモヤモヤした気持ちも抑えられずに歯切れが悪い。
「もし、来週また出かけるようなら直接確かめればいいだろ。そのときは協力するぜ」
 年上らしい提案にイザークは渋々頷いた。今の時点ではそれ以外に方法はなさそうだった。ディアッカから言い出さない以上、何か事情があるのかもしれないのだ。
 けれど、イザークはあのときの香水の匂いと画像の少女は間違いなく同一人物だ、そう胸の中で確信していた。


 
 寮に戻ったディアッカはあの画像と同じ服装をしていた。出かけるときは見送りなどしたくなかったイザークがトレーニングに出かけてしまっていたからその姿を知らなかったのだが、これであの画像は間違いなくディアッカ本人だったことになる。
「最近忙しそうだが、父上がらみというのは家の問題なのか」
 制服に着替えたディアッカにイザークは訊ねる。だがいつもなら明るく答えるディアッカの口調はどこか歯切れが悪い。
「まぁそんなところ。あんまり気にしないでくれよ。それよりイザークは最近家に帰らないけどエザリアさんは元気?」
「あぁ、母上はお忙しくてな」
「そっか」
 誤魔化された、とイザークは思った。家の問題に触れられたくないのは分らないでもないが納得のいくような説明を避けるのは不自然だ。触れたくない話題でもそれなりに筋道を立ててイザークに納得がいくような話をするのがいつものことなのに。
 それにまたあの香水の匂いがディアッカが部屋に入った瞬間に漂ったのだ。おそらくディアッカ自身も気をつけてはいるのだろう。普通なら気がつかないほどのわずかな残り香だから。けれどイザークは昔から匂いに敏感でその嗅覚はディアッカよりずっと鋭い。おかげでディアッカ自身が大丈夫だと思っているであろう香りまで気がついてしまうのだ。もし本当に匂いを完全になくすなら服を着替えるとかシャワーを浴びるという徹底した対策をする必要があるのだが、寮生活ではそれも限界がある。ディアッカが安心しているであろうアフターケアの落ち度はイザークには十分すぎるくらいに疑念を抱かせる材料になっていた。
「ディアッカ・・・お前、誰か女性と会ってるのか?」
 なんでもない女性をエスコートしていただけならこの一言は打ち明けるきっかけには十分すぎるはずだった。実は父親の知り合いのご令嬢の相手をしていただけだ、とでも明るく言ってくれるかと期待したイザークの期待はけれども裏切られた。
「なんで?」
 残り香のことなど知らないディアッカはそ知らぬ顔で聞き返した。
「いや、やけにめかしこんでるからなんとなく思っただけだ」
「そう?別に普通だけどね。アカデミーにいると私服なんて着る機会ないから気合入って見えるのかな」
 にっこりと笑うディアッカにイザークはそれ以上何もいえなかった。
 ディアッカが自分に隠し事をするなんて。それじゃあの少女は誰なんだ?
 ますます疑念が強くなっていくのを必死に抑えながらイザークは「ちょっと出かけてくる」と部屋を出て行った。


「やばいなぁ・・・あれは感づかれちゃったみたいだな」
 イザークに気付かれるような痕跡は何も残してはいないはずなのに、やっぱりここのところ毎週末に外出してるのはどう考えても怪しいだろう。
 ヴィオーラが言うように生活が変わったという認識の範囲で終われば問題はないけれど、イザークにかかってはそれだけじゃ済まないだろうし。
「浮気とかって思われたら、殺されるかも」
 それだけは回避しなくてはならない。あのイザークが激怒したらば二度と近寄るなといわれてしまうだろう。この分じゃ事情を話してみたところで秘密にしていたことそのものを許せないと、どのみち怒らせるのは避けられそうになかった。
「次で決着つけなきゃまずいな」
 そう呟いたディアッカはケータイを取り出すと最近一番かけているヴィオーラの番号を呼び出して通話ボタンを押した。




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