その日の夕方、食堂で一人でいるディアッカを見かけたニコルが声をかけた。昼間の命令という話に関係がありそうだと思ったのだ。
「コーヒーぐらい奢りますよ」
 そういってニコルはディアッカを気遣った。いつもニコルにきつく当たってはからかう年上の少年が一人でいるなんて珍しくてついそんなことを言ったのだ。
「コーヒーだけじゃなくてアイスもつけろよ」
 売店の名物アイスは自販機のコーヒーの倍の値段だ。落ち込んでるかのように見えたディアッカが図々しくそんなことを言うのにあきれつつ仕方がないとニコルは了承した。
「味は何がいいんですか」
「抹茶クリーム」
「了解です」


 夕陽の差し込む寮のラウンジには、生徒たちが一日の数少ない自由時間を過ごそうと集まっていた。
 窓際の中央、一番大きなソファセットには、生徒の中でも人目を引く有名な人間がいつものように顔を揃えている。

「お見合い〜!?」

 その中から突然に大きな声が唱和してあがる。
「わ、こら、お前ら声がでかい」
 一斉にあがった声に、ディアッカはあわてて全員の口を塞いで回った。まるでコメディかと思うようなディアッカの動転ぶりに、そこにいたメンバーたちは一瞬あっけに取られ、それからあまりにディアッカらしくない様子に一同は大爆笑した。

「お見合いですか・・・相手は誰なんです?」
 ニコルが言えば、いつのまにか聞いていたラスティが身を乗り出して聞く。
「当然美人だよなっ」
「しかもかなりなナイスバディと見た」
 ミゲルが言えば、アスランも何だかんだと興味があるらしく「そういうのはイザークが先かと思った」と言った。
 結局いつもの面子が集まる場所でディアッカは告白したことになる。
 イザークの名前にディアッカの顔がとたんに渋くなる。イザークは今日もアスランに負けてたまるかと、放課後に一人トレーニングをしていてこの場にはいない。だから油断してディアッカは思わず洩らしてしまったのだ。
「もしかして、イザークは知らないんですか?」
 それにディアッカは渋い顔になる。
「言えるわけないよなー、お姫さん激怒するだろ」
 ディアッカとイザークがただのルームメイトじゃないというのはこのメンバーの中では公然の秘密だった。普段からつるんでいるだけにただならぬ雰囲気は早いうちからバレていて本人たちも否定するわけでもない。ただ自分たちから言い出すようなことはさすがにしなかったけれど。
「言えたらこんなところに来てねぇよ」
 イザークのいる部屋にいるのは心地悪くて逃げ出してきたと白状したディアッカにミゲルは「まだまだ甘いな」と笑った。
「そういうの平気で嘘も方便ってしてるのかと思いました」
 ニコルの棘のある言い方にディアッカは苦虫を噛み潰す。
「あのなぁ」
 一体自分のことを何だと思ってるのかと抗議しかけたディアッカに変わってラスティが割り込む。
「だってディアッカはイザークのことになるとダメダメだから」
 惚れた弱味ってやつぅ、とからかうラスティに本気でディアッカは睨みつける。
「まぁイザークなら気がつきそうだしな」
 思わぬ援護射撃の主はアスランだった。相変わらず通じてないようで通じてるライバルだ。
「そーいうこと。だけどいきなり言い出すのもどうなんだって内容だろ」
 だから悩んでいるのだ、と巨大なため息と共に告げる。
「でもさ、見合いしたからって結婚するわけじゃないんだろ、アスランとこみたいに」
 水を向けられたアスランはどう反応していいのか困りきった顔をしている。アスランの場合は見合いもなにもなくある日いきなり婚約者になってしまったのだけれど。
「そんなつもりねぇよ。政略結婚なんてガラじゃねーし」
「だけど、アカデミーの退学を楯にされたら見合いの席には行かないといけないですしね」
「断るにしたって相手と会わないと始まらないというわけか」
 アスランの指摘にディアッカはまたため息をつく。
「とりあえず、見合いだけして断ってくりゃいいじゃん」
 ミゲルの言葉にディアッカはそれじゃ解決になってないとカップに残ったアイスクリームの最後の塊を口に運んだ。
「その日だけばれなきゃ済むんだろ。だったらわざわざ知らせなくたって何とかなるだろーしな」
 見合いなんて話を知られたらいろいろと面倒なことの方が多い。きっとイザークはまじめくさって見合いの話があるなら身を引くとさえ言い出しかねないだろうから、知られないに越したことはないのは本当だったがディアッカとしてはいまいち不安が残る。
「なぁに、その日一日くらいならお姫さんの相手しててやるってさ。忙しくてお前の不在なんて気にしてられないくらいにな」
 そういうミゲルが顎で指し示したのはイザークのライバルであるアスランだった。
「えぇ、俺・・・?」
「そっか!アスランと勝負してればイザークは夢中になってあっというまに時間過ぎちゃうもんな」
 ラスティの言葉にアスランはこの場にいた自分を酷く後悔した。だがもうしっかりとミゲルの計画に組み込まれているらしい。そこは上下関係が絶対の軍人養成機関ならではの無茶苦茶な力技だ。
「チェスの勝負を申し出れば何とかなるとは思う。この前イザークに勝ってるからリベンジしたがってるだろうし・・・」
 ため息混じりに言うアスランにミゲルは「だってさ」とディアッカににっこりと笑う。
いくらでも奢るからさ」
 こんなアイスの数個で済むなら安いものだ。ディアッカの苦悩なんて思い切り他人事でラスティは無邪気に喜びアスランはため息をついた。
 楽しそうにしているのはミゲルとニコルで、ミゲルは弱味を握ったことを喜び、ニコルはお見合いという未知の話題に興味津々だった。






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