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「こちらがエルスマン家のご子息のディアッカさん、今はZAFTのアカデミーに在籍されていらっしゃいます」
 カタチばかりの仲介役がスラスラと暗記した釣書きの内容を口にする。間違いはないが白々しい響きに正装をしている当の本人は上の空だ。
「そしてこちらはクレンペラー家のヴィオーラさん。アプリリウスカレッジの学生さんですわ」
 自分より二つ年下という少女は長く鮮やかなブルーの髪に茶色の瞳でにっこりと微笑む。
「初めまして、ヴィオーラです」

 高級ホテルのレストランの個室、限られた人間しか入れない場所で三人は顔を合わせた。
「ゆっくりお話したいこともおありでしょうから私は席を外しますね。お食事はもう頼んでありますから、お飲み物だけお選びになって」
 両親の知り合いという女性は上品に微笑むと席を立つ。
「ありがとうございます」
 ヴィオーラという少女は礼儀正しく頭を下げると部屋を出るその人にイスを立つと改めて丁寧に頭を下げた。ディアッカも慌ててそれに倣う。
「えっと・・・」
 向いあってしまうと何を話したらいいのかわからない。らしくもない自分にポリポリと頭をかいたディアッカを向かいのヴィオーラはクスクスと笑った。
「無理やり来るように言われたのでしょう?」
 切り出したヴィオーラにディアッカは驚きを隠せなかった。あまりにストレートな指摘に自分はそんなに分りやすいだろうかと慌てふためく。
「え、いや、そんなことは」
 曲がりなりにも相手は名の知れた名家のご令嬢で、自分と今まさに見合いをしている最中だというのに端から見てわかるくらいに気の抜けた態度をしていたとしたらそれはあってはならない失態だった。
「隠さなくてもわかります。私も同じですから」
「ヴィオーラさん・・・?」
 にっこりと微笑む少女に完全にペースを持っていかれてディアッカはたじたじとしてしまう。
「ヴィオーラで構いません。私も父にとにかくこの場に行くように命令されました。逆らえばカレッジを退学にすると脅されて・・・」
 クスクスと笑う姿にその地位にそぐわない人懐こさを感じてディアッカは肩の力を抜いた。
「そうなんだ、俺だけじゃなかったわけか」
 ディアッカも無理やりの帰宅命令とセットで見合い命令が下されていた。それを守れないならアカデミーを退学させると。
「えぇ。私は政略結婚なんてするつもりもありませんし、本当はお見合いだって相手の方に失礼だからするつもりはなかったんですけど、カレッジは辞めたくないので仕方なく」
ディアッカは好感を抱く。もしエスコートなしじゃ出歩けないようなお嬢様だったら見合いの時間をやりすごすことすら苦痛だったに違いない。
「俺も同じだよ。アカデミーの退学を楯にされてさ」
「そうですか。アカデミーはどんなところですか」
「まぁ普通の学校じゃないから楽しいだけじゃないけどね・・・」
 話し始めたディアッカを遮るように部屋の入り口からウエイターが姿を現した。
「失礼いたします、よろしければお飲み物をお選びいただけますでしょうか」
 それにディアッカは慌ててワインリストを手に開く。
「ヴィオーラ、何か飲みたいものは?」
「お任せします、ディアッカさん決めてください」
 それにディアッカは頷くと食前酒にシャンパンの最高級品を選び出した。どうせ今日の支払いは親のもので、できる限りいい酒を楽しむくらいしか腹いせもできないのだ。
「アルコールは好きですか?」
 ディアッカが訊ねるとヴィオーラは頷く。
「えぇ。今日の席でお付き合いできるくらいには。カレッジの友人とはよく遊びに出かけますからご遠慮なく」
 いたすらっぽく笑うヴィオーラにディアッカはますます印象をよくし、間もなく届いたグラスを高く掲げて飲み干した。



「じゃあアカデミーの寮はその幼馴染の方と同室なんですか?」
 食事も進んで二本目のワインをあけるころには会話はすっかり弾んでいた。ヴィオーラはアカデミーという特殊な学校についてあれこれ聞きたがり、機密に関しない範囲でディアッカも詳しく話をする。
「そう。いろいろと手がかかるんだけどめちゃくちゃ優秀なんだよ。ライバルのアスランの奴には・・・、あ、アスラン・ザラって知ってるよね」
「えぇ、ラクス・クラインの婚約者でしょう」
 アスランの話はプラント中が知る話で、軍にもアカデミーにも興味のない一般人でもアイドルみたいな感覚で興味を持っているのが常だった。
「そのアスランがアカデミーでトップなんだけど、俺の幼馴染はいつもアスランに負けてさ、すっげー悔しがるんだ」
 バカみたいに大騒ぎして物を投げつけて、そのくせ片付けなんて全然しないで。毎度毎度自分が片づけをしているんだと話すディアッカは自然とその表情が柔らかくなった。
「その方は、ディアッカさんにとって特別な方なんですね」
 不意にヴィオーラが指摘してディアッカはフォークの手を止める。
「別にそんなことは」
「隠さなくてもわかりますし、隠す必要はありません。私にも好きな人はいますから、このお見合いも最初からお断りするつもりで、ディアッカさんとお友達になれたらと思って来たんです。こういう形でお知り合いになったのも何かの縁ですし、秘密の一つでも教えあうのもいいと思いません?ちなみに私の好きな人はカレッジの助教授をしてらっしゃる方です」
「ヴィオーラ・・・」
 ふふふ、と微笑むヴィオーラは嘘をついているとは思えなかった。
「とても博識で優しくて、そして奥様がいらっしゃる方です」
 人には言えない恋をしているのはディアッカだけじゃない、そう告げる内容に参ったな、と小さく苦笑すると面と向かって頷いた。
「それじゃ俺も白状しなくちゃまずいな。ヴィオーラの言うとおり。俺はそいつのことが好きだし、現状は恋人同士だよ」
 はっきりと人に言うのはこれが初めてかもしれない、と気付いてディアッカは今さらながらに恥ずかしくなる。
「きっととても素敵な方なんですね。あなたみたいな方がそんな風におっしゃるなんて」
 気にした風でもなく微笑むヴィオーラに、ルームメイトを思い出して見合い相手の少年は嬉しそうに頷いた。

「私から一つ提案があるんですけれど」 
 メインディッシュを食べ終えてヴィオーラが切り出した。
「提案?」
「えぇ、お互いに両親を納得させてこの話をなかったことにするにはそれなりの作戦が必要だと思うんです」
 作戦という言葉を使ってみせたヴィオーラがウインクして笑う。
「作戦・・・なにか名案でもあるの?」
「いい考えだと思うんですけれど。しばらくの間、恋人ごっこをしませんか」
 ヴィオーラの作戦はディアッカを手放しで賛成させるにはかなりな難題だった。
 何度かデートを重ねてそれを親にも知られるようにする。そして安心したところで相手に不満が見つかったからという理由で見合いは破談にするという。
 ディアッカの環境で何度かデートをするにはそのたびに外出の手続きをしなくてはならない。今までほとんど外出などしたことのないディアッカが頻繁に出かけるとなればイザークは疑問に思うだろう。それが女の子とのデートでしかも見合いの相手だとあのイザークが知ったらいろんな意味でただじゃすまないだろうから。けれど、それ以外には選択肢も思い浮かばなくて仕方なくディアッカは共同戦線を張ることにしたのだった。






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