ディアッカが自分以外の人間といることなんて想像したこともなかった。
 もし、そうなったら。
 もしディアッカが自分以外の人を選んだら。

 そのとき、自分はどうすればいいんだろう―――。
Catch me!




「ディアッカ、お前宛に父上殿から連絡が入ってるぞ」
 ラウンジでコーヒーを飲んでいたディアッカが部屋に戻るなりイザークが告げた。
 部屋にある通信システムは二人部屋では共同のもので、ただアドレスは個人で振り分けられているから自分宛ではない限りそれを取ることはない。通信の秘密というやつだ。そしてイザークは自分宛ではない通信が着信したことを知り、その送信元を確認してからディアッカに教えたのだ。
 普段ディアッカ宛に連絡など入ったことがないから珍しく思い、イザークも気に掛けているらしい。
「連絡? 何だ」
 面倒くさそうにしながら無視するわけにもいかずディアッカは廊下に向かう。
「なんだ、ここで使えばいいじゃないか」
 イザークは言うがディアッカはあまり仲のよくない父親との遣り取りをイザークに聞かれるのは避けたかった。
「いや、いいよ。イザークの邪魔したくないし」
 読書の手を止めているイザークを気遣うようにディアッカは言う。
「別に通信くらい邪魔にはならないぞ」
「うん、まぁいいって」
 そうしてディアッカは部屋の外に出る。なんだか嫌な予感がする。そして折り返し連絡を入れたディアッカは自分の予感が外れていなかったのを思い知った。

「・・・んだよ、それ!勝手に言ってるだけじゃんか、知るかっ」
 廊下にある共用の通信ツールに向かってディアッカは怒鳴っている。それが何人もの生徒に目撃され、何事かと遠巻きにされるとディアッカは舌打ちして話の途中で一方的に通信を切った。 
 その後もたびたび執拗に連絡がやってきて無視し続けていたが、アカデミーからの退学を警告されていよいよ逃げられなくなったディアッカはしぶしぶ外出申請をしたわけだった。

 



 ディアッカの外出は珍しい。
 もともと親と仲のよくないディアッカはアカデミーに入ることも賛成されていたわけではなく事後承諾に近かった。戦況が著しく悪化してきたから許されたようなもので、親は政治家になることを望んでいた。だからアカデミーの寮という住まいを得たディアッカは家に帰る必要もなくほとんど連絡すらしたことがない。それが何やら通信が入って外出するということになればさすがのイザークも気になるというものだ。本人は気づかせないつもりだろうが、落ち着かない様子は端から見ていても気になるくらいで、普通じゃない問題があるんだろうとイザークは考えていた。
 けれど、いくらルームメイトで幼馴染だからといって全てに立ち入るのは人間関係における最低限のルールを破ることになる。何もかも全てを話さなきゃいけないわけじゃないし、イザークだって聞く気はなかった。ディアッカと父親との関係は微妙で複雑だからイザークでさえむやみに立ち入ることはできない。できるなら親子の関係が間然されるのが一番望ましいが無理やりに修復するよりは今のままのほうがいいことだってありえるのだ。だからイザークは気になっても決してディアッカのプライベートには立ち入らないようにしていた。

「じゃあ出かけるよ」
 身支度を整えたディアッカはイザークを振り返った。
「そうか、気をつけてな」
「あぁ」
 そっけなく言って振り返りもしないイザークにディアッカは何も言わずに部屋を出て行く。
 ディアッカは今日から2日間の外泊だった。

 
 思えばイザークが家に帰ることはあってもディアッカが家に帰ることはなかった。アカデミーに入学するときの騒動があったから敷居が高かったということなのだろう。別に帰省は本人の自由だし、離れたプラントに家のあるものもあったから休暇になっても寮に残るものはいくらでもいた。ディアッカはいつもイザークを見送る側でイザークは見送られる側だった。

 部屋の窓から見下ろすとディアッカがエレカに乗るのがわかった。
 いつもこんなだったのかと今さらながらに思う。
 イザークが実家に帰るというとディアッカは決まって「早く帰ってきてね」だとか「寂しいなぁ」だとかうるさくて。そして帰ってきたらきたでベタベタくっついてまわって、まるで過保護な犬が甘えてくるみたいな様子にいつも邪険に扱っていたのだ。
 だけど、部屋にひとり残されて見送るのは確かに楽しいものなんかじゃない。エントランスまで出て見送らなかったのは人目もあるからだけれど、目の前で一人で車に乗るのを見送りなんてしたら、それこそ本当に置いてきぼりみたいな気持ちだったに違いないと。
「俺は・・・何考えてんだ」
 別に帰ってこないわけじゃない。
 たった二日くらいの話に感傷的になるなんて。
 広く寂しく感じられるのは気のせいだと言い聞かせて、だけども一人の部屋にはいたくもなくてイザークは珍しくラウンジへと降りていった。




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