「なぜだ」
つぶやく声はあきらかにコントロールを失っていた。
見慣れない純白の軍服がまぶしいくらいに似合っているその人は、最後に会ったときよりもまた少しだけ背が伸びている。
「今さらそんなこと聞きますか」
隊長執務室に赴いて上官と部下としての再会を果たして10分後、やっと聞けた声はあまりにも短かった。結果として口調は自然と堅くなる。
「今だからだ」
執務デスクの向こう側で背筋を伸ばして立つ姿は、いつのまにか軍服に見合うだけのオーラを持っている。無言で睨みつける視線は逃げることを許さない。
現議長の超法規的措置のおかげで、利敵行為を問われることなくプラントに戻れたことは、逆に言えば敵対した理由も戻った理由も明らかにする必要がなかったということだ。
そして目の前の上官は、戻った理由を求めている。
戦後の臨時態勢を解消されて、正式な除隊と再入隊の手続きをするためにザフトの本部に出向いていたときすら、目の前の元同僚とは会ったことはなかった。
理由の半分は目の前の隊長の多忙だが、こちらとしても避けていたところはある。
なのに結局、降格処分の末に地球配属にでもなれば、そのまま会わずに済むという思惑は外れて、会いたくなかった人が上官になってしまったのは思ってもみない展開だった。
ザフトに敵対することになったときもそんなことを思ったが、人生は予想外だらけということらしい。
「説明しなくちゃわからないとは思わないんだけど。あんな警告した人が」
大戦の最終局面で響いた声は目の前のその人のもので、内容とチャンネル周波数は利敵行為すれすれのものだ。だが、昇格した元同僚は揶揄する言葉にも表情を変えなかった。
「言葉遊びをするな」
「コトバ遊びって・・・」
見つめる瞳がまっすぐすぎて、受け止めるには勇気が必要だった。
「おまえの口から聞いてない」
それは噂や人づてでは聞いているという意味で、だしかに自分を擁護するために黙ってはいないだろう人物の顔はすぐにいくつも浮かんできた。
諦めて短い息を吐く。正攻法の詰問は逃げることすら不可能だ。「逃げるな」と男勝りなオーブの姫が脳裏をよぎって、誤魔化しの言葉は形になる前に霧散した。
「気づいたんだよ。コーディネーターが見下してたナチュラルだって、俺らと変わらないヒトなんだって。家族とか友達とか仲間とか・・・大事な人がいてを守りたいのは同じなんだって。大事な人を失って泣くのは変わらないって。そしたら全滅とかありえないし。戦ってしか守れないなんて、知性のない動物並じゃん?進化したコーディネーターが弱肉強食の理屈で戦争してるっておかしいだろ。だったらどっちにも属さないでできることをやろうってね。どうせ捕虜の立場だったし、赤のくせに捕虜になってちゃ普通には帰れるわけないし」
話し出すと一息に言葉が流れ出た。それでも相手は先を待って黙ったままでいる。
「今だって間違ったことをしたとは思ってない。でもオレはコーディネーターでプラントの住人だからプラントに戻ったし、ザフトに属してそれを守りたいと思ってる」
パンッ、と乾いた音がして目の前に火花が散った。近づいてきた上官のリーチは背が伸びたせいか予想よりも半歩遠かった。
「だったらなぜ、それだけ堂々といえる理由があるならなぜ、ずっと会わなかった・・・」
震える拳を隠さずに軍服の裾を握っている姿は、懐かしい光景だった。
負けず嫌いな幼なじみは、人一倍高いプライドがじゃまして素直になれない不器用さを昔から持っていた。
いま、目の前にいる隊長は姿こそ変わってもその中身は変わらないらしい。少なくとも、自分の前では。
「会えるわけないだろ、半分裏切り者みたいな立場で。ヤキンの英雄はそのまま上り詰めてったらいいって思ってたから、オレなんかと関わらずに」
すぐ目の前に立つ上官は無言のまま何も言わなかった。目が潤む寸前、拳が飛んでくることを覚悟したのにそれは不発になっている。
「俺がそんなことを望んでるとでも言うのか」
「そうは思わないけど。周りの思惑ってやつとは無縁じゃないだろ、大人の世界は」
「くだらない」
「それで済めばいいけど隙を狙ってる輩はいつだってどこにだっているんだよ。あえて弱みを見せる必要はないでしょ」
「弱みだなんて自分で言うな」
「だから、自分の認識じゃなくて周りの見方だって」
苛立ちは荒れる語尾に現われた。
つい、と伸ばした指先はあっけなく紅潮した頬に触れることを許された。びくっと震える肩にプラチナブロンドが揺れる。それはもう以前から知る少年と何ら変わらない仕草だった。
「ところで、オレも一つ質問があるんだけど」
「何だ」
「どうして、オレを呼び寄せた?」
「呼び寄せる?」
白を切ろうと視線を背ける顔を寸前で抑えて覗き込む。
「新生ザフトの象徴的存在であるジュール隊に、降格処分された男が配属になるなんてどう考えたって一番ありえない組み合わせだから。そこにどれだけの意思が働いたのかって、知りたいのは当然だろ」
「お前みたいな立場の人間はどこだって持て余すに決まってる。元レッドでクライン嬢と共闘して出戻りの緑なんて。しかもあの代の赤だ。下手な昇格組みの隊長クラスじゃ相手にならん」
立て板に水のごとく並べる言葉は、視線を合わせず告げられた。まるで最初から台本でもあるように。
「ずいぶん評価が高いみたいで嬉しいけど、そういう話じゃないんだよ」
「何が、」
反射的に顔を向けた瞬間、狙い澄まして首を傾げる。
掠めるように口付けをされて、サファイア色の瞳が瞬いた。
「会わなかったのを怒ってるのはどうしてだよ?」
「・・・」
「上層部に掛け合ってまでオレを配下に置いたのはなんでだよ?」
「…お前が厄介な存在だから、昔馴染みの俺が」
「公私混同していいのかよ」
「それ、は…」
震える声と、溢れる涙と、腕をつかむ指先は同時にオレを虜にする。
一瞬であっけなくがんじがらめだ。
「…俺の傍にいろ……」
搾り出すような声は胸の中でくぐもって響く。
その人は強く抱きしめても消えなかった。
「だったら会いに来てくれよ。待ってたんだぜ」
自分の立場で考えなしに会いに行けるほど無邪気な年頃でもないし、何より要らぬ風聞で相手を傷つけたくないから会いにいけなかった。
きっと会いに来てくれると信じていたのに音沙汰がないまま、突然知らされた配属先が元同僚の配下だったら文句の一つも言いたくなる。
たとえばこんな風に意地悪をして。
「だから、俺だって忙しかったんだ」
逆切れの勢いで放たれた言葉は同時にぬくもりを伴った。
尽きた言い訳の果てに選んだ手段がキスだとは、なんとも色気なく彼らしい。
「会いたかった?」
「聞くな」
「オレは抱きしめたかったよ」
こんなふうに、と強く抱くとそれよりも強く抱き返された。
「遅いぞ、バカ野郎…」
それは、ザフトに戻ったことがなのか、顔を合わせたことがなのか、告白したことがなのか。その説明を聞く前に、求めるキスに陥落する。
その口付けが全てを繋ぎ、時間も距離も埋めていく気がした。
2011.5.19
初出:[C.SPRT]
(被災地支援企画お題サイト)