背後から回り込むようにして近づいたイザークは少女が乗り込むためにドアを開けたディアッカに向けてその名前を呼んだ。
慌てて振り返るディアッカの顔は見たことないくらいに驚いている。
「イザーク・・・なんで・・・」
それ以上何もいえないディアッカに立っている少女――ヴィオーラはその顔を見上げる。
「ディアッカさん・・・?」
その声に我に返ったディアッカは取り繕うように表情を柔らかくして微笑んだ。その表情にイザークはぎゅっと拳を握り締める。
「あ、ええと、彼は寮の同室のイザーク・ジュール」
それにヴィオーラは小さく頷くとにっこりと人懐こい笑みをイザークに向ける。
「初めまして、ヴィオーラ・クレンペラーです」
「クレンペラー・・・?」
その名前はイザークも聞いたことがあった。確かエザリアの学生時代からの友人の一人にそんな名前があったように思う。間違いなくプラントにおける名門の一つだ。
「えぇ、お母様とは私の母も仲良くしていただいていますから名前くらいはご存知かと思います」
それに驚いたのはイザークだけじゃなかった。ディアッカでさえ知らなかったつながりにヴィオーラを凝視するとまたにっこりと笑う。
「隠していたわけじゃないですから誤解しないでくださいね。ただ世間は広いようで狭いということですね、お名前を聞くまではディアッカさんのルームメイトがジュール家のご子息だなんて知らなかったんですもの」
ディアッカに向かってそういうとヴィオーラはイザークを振り返った。
「ところでイザークさんは、何故ここにいらっしゃったのかしら。ディアッカさんと何かお約束があったんですか」
人が悪い、とディアッカは思った。
自分がルームメイトと恋仲だというのは最初の席で知っているはずだ。それなのにそ知らぬふりをして本人に尋ねるなんて何か企みでもあるのだろうかとこれまでのヴィオーラの胆力っぷりについ身構えてしまう。
「いや・・・それは・・・」
まさか正面切ってそんなことを本人に聞かれるなんて思いもしなかったイザークは、後をつけていた後ろめたさもあって歯切れが悪く口ごもった。おとなしい少女なのかと思い込んでいたが、そういうわけでもないらしい。
するとその様子を見ていたヴィオーラは何を思ったのか、ディアッカの脇に歩み寄るとその腕を取り、抱きつくように身を寄せたのだ。それに驚いたのはイザークだけじゃなかった。
「ヴィオーラ!」
咎めるようなディアッカの声がまるで聞こえない風にヴィオーラはイザークに告げる。
「私、ディアッカさんとお見合いをしたんですけれど、ディアッカさんはとても素敵な方だから両親にも早く会ってもらいたいと思ってるんです」
しなだれるような姿勢になるヴィオーラにイザークは顔色を失っていく。
「イザーク、違うんだ、これは!」
「ディアッカさん、私がお話しているんです、邪魔はしないでくださいね」
いつのまにか握り締めすぎて真っ白になったイザークの拳は小さく震えている。
「そう・・・ですか・・・それは・・・よかった・・・な、ディアッカ」
漸くそれだけ告げるとそれきりイザークは下を向いてしまった。
「だから!違うって・・・」
身を乗り出そうとするディアッカをヴィオーラは無理やりに遮る。相手が自分より小さな少女となればディアッカは力ずくにもできなくて、歯がゆくそこに立っているしかない。
「だけど、ちょうど良かったです。一度ディアッカさんのルームメイトにはお会いしたいと思っていたので」
ヴィオーラの言葉をどこか遠くに聞きながらイザークの視界にはコンクリートの地面しか入らない。女に抱きつかれているディアッカの姿なんて見たくもなかった。
「婚約の挨拶なら日を改めてからにしてくれ。俺は失礼する」
短く言って踵を返そうとしたイザークにヴィオーラは鋭く声をかけた。
「あなたはディアッカさんの恋人なんでしょう?」
ぴくり、とその足が止まってイザークは文字通り凍りついた。ゆっくりと振り返る先にはさっきと違い、つかまっていた腕を放して立っているヴィオーラがいた。
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