Locker room

「いよいよですね」
 ヘリオポリスを遠くに臨む位置に停止したヴェサリウスのパイロットロッカーで、二人きりになるとニコルは言った。ミゲルやイザークたちはすでに着替えを終えて、アラートルームへ行っているはずだ。
「あぁ」
 ジッパーをあげながらアスランは短く答える。
「緊張してるんですか、アスラン?」
 軍服をロッカーへしまい込みながらニコルは意外そうに紺色の髪の青年を振り返った。
 彼はアカデミーでも常に主席で、どんなテストの時だって緊張したそぶりなど見せたこともなかったというのに。
「いや・・・・・・緊張、というのかわからないけど。いよいよだな、って気持ちはあるよ」
 年下の少年にやわらかい表情を見せながらアスランは答えた。
「そうですね。この作戦の結果いかんでは、今後の戦局はだいぶ変わりますから・・・」
「戦局・・・・そうだな」
 考え込むようにしてアスランはつぶやく。
「でも大丈夫ですよ。クルーゼ隊は作戦の成功率はZAFTでナンバーワンですし、作戦のメンバーもみんな優秀ですから」
 作戦のメンバー、それはみな若い10代の少年たちで、ニコルはその中でも最年少だった。
「ああ。このメンバーに限って失敗はありえないな」
 思い直すようにしてアスランは言いながらロッカーの扉を閉める。年下のニコルの前で不安や緊張など見せるべきではないと思ったからだった。
「でも、よかった」
 不意にニコルは言った。
「何がだ?」
 アスランは聞き返す。
「配属がアスランと同じになってです。あなたがアカデミーに同期に入学したと知ったときも嬉しかったけど、それ以上に配属が同じになったことはもっと嬉しかった」
 言われてアスランは戸惑いの表情をあらわにする。同じ配属を喜ばれるのは悪いことではないが、それをどう返していいのかこの優秀な少年は知らないのだ。
「だから僕、結構がんばってたんですよ。あなたに成績で置いていかれないようにって」
 ウインクをしながらニコルは言う。彼が自分のことを兄のように慕ってくれているのは理解していたが、そのためにがんばっていたというのはアスランの想像の範疇を超えていた。
「そうなのか。俺はてっきりニコルの実力なら当然だと思ってたんだけどな」
「僕たちの期ってアカデミー史上最高に優秀らしいですよ。イザークだってラスティだってディアッカだって、普通ならトップが当たり前な実力の人たちですから。だから僕もがんばらないといけなくて」
 苦笑しながらニコルは言う。とはいっても所々で見せるニコルの実力だって十分にそのトップが当たり前なレベルではあるのだが。
「まぁ、な」
 アスランはあいまいに答える。それらを差し置いて自分がトップだということをあまり自慢には思っていないからだ、イザークとは違って。
「だからそれが報われて、アスランと同じクルーゼ隊に配属になったときは本当に嬉しかった」
 無邪気に笑顔を見せるニコルにアスランは戸惑う。これから重大な任務が控えているというのに、ニコルにはまるで緊張のかけらも見られないのだ。
 そんなアスランにニコルはつーっと体を浮遊させて近づいた。
「エースパイロットだって言っても、結局、いつ死ぬのかわからないでしょう。だから、死ぬぎりぎりまであなたの近くにいられるなんてよかったなと思って」
「・・・・・・」
 『死』という言葉を持ち出したニコルにアスランは厳しい顔をした。自分ですら忘れそうになる戦争をしているという現実。軍に身を置くということはつまり死と隣り合わせの生活を意味するに等しいのだ。
 そんな顔をしたアスランにかまわずにニコルは言った。
「お願いがあるんです、アスラン」
「お願い?」
 出撃を目前にしてそんなことを言い出すニコルの真意を理解しかねてアスランはオウム返しに聞き返す。
「目をつぶってくれませんか?」
「目を?」
 突拍子もない内容にアスランは目をしばたかせる。
「はい」
 にっこりと笑うニコルに気おされるようにして、アスランは戸惑いながらその翠の目を伏せた。
「これで、いいのか?」
 アスランが言った瞬間だった。
 ふわり、と伸び上がったニコルの唇がアスランのそれにそっと重ねられた。
 驚いて目を見開いたアスランをすでに離れたニコルは楽しそうな顔をしてみている。
「ふふ、あなたでもそんな顔するんですね!」
 言ってくるりときびすを返し、出口のドアへと向かう。
「ニコル・・・」
「急がないと遅れますよ。イザークがきっともうきりきりしてますよ」
 笑いながら廊下へ半分体を漂わせて、戸惑ったまま取り残されているアスランに向けてニコルは言った。
「生きて、戻りましょうね、アスラン」
 その目は今まで見たどんな表情よりも真摯で澄み切っていた。
「ああ、そうだな」
 言ってアスランはヘルメットを手にするとニコルの後に続く。
 もし死んだら・・・、これが最後の思い出になるのだけはごめんだな、と前に行くニコルの若草色の髪を見つめながら、アスランは見えない敵を睨むように視線をぐっと高くあげた----------。




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ニコアス・・・。
ああ、ニコルっていい子だ・・・
書きやすい
書いてちょっとすっきり。


2005/5/11