kiss × kiss × kiss

 ディアッカがシャワーを終えて戻ると、イザークはすっかり自分のベッドで熟睡していた。
「ちぇっ、寝ちまったのかよ」
 金のくせ毛に滴る水滴をふき取りながら、ベッドサイドから枕にうずもれた顔を見下ろす。
「・・・っんとに、きれいな顔だよな」
 言いながら、自分のベッドへ戻ろうとして背を向けたとき、シャツのすそをぐいっと引っ張られた。
「はっ?」
 振り向くとそこには寝ていたはずのイザークが片肘を突いて起き上がっていた。もう片方の手はディアッカのシャツを握っている。
「なに、寝たふりだったわけ?」
 コクリとうなずきながら、のそのそとおきだして、ベッドの上にちょこんと座った。
 げっ、なんだ、これ。やっべー、ちょーかわいいっ。
 イザークらしくなく、やけにしおらしい。その様子に違和感を覚えながらもディアッカはベッドに腰掛けた。そのまま押し倒したくなる衝動をぎりぎりで抑える。
「で、どーしたんだよ?」
 覗き込むと下を向いてしまう。そのままシーツを手繰り寄せるとまるで子供のように頭からかぶった。その下から恥ずかしげに顔をのぞかせる。
 なにっ?これっ・・・。
 信じられない光景にさらにディアッカは息を呑んだ。
 ありえない。ありえなかった、こんなイザーク。でも・・・・。
 あまりにもかわいいので、疑問よりも喜びのほうが勝ってしまう。
 こんなイザークが見られるなんて、オレ生きててよかった、大真面目にそう考えた。
 しかし、さらにイザークはディアッカの想像を超える言葉を紡いだ。
「・・・・・・キス・・・して・・・ほし・・・ぃ・・・」
 がつんっ、と大きなハンマーで後頭部を思い切り殴られたような衝撃だった。ディアッカの目には星が飛んで見えたかもしれない。
 イザークからキスをねだられるという状況がなかったわけではないが、それはたいてい直接に唇を求めてくるものだったから、言葉にして伝えるなんてことはかつてなかった。恥ずかしがりやのイザークは言葉にするなんて決してすることではなかった。
 だから、目の前のイザークの言葉が信じられなかった。
「ど、どーしたんだよ、イザーク」
 あまりの異変に思わずその顔を覗き込む。するとイザークはそっとうるんだ瞳を閉じた。
 その姿にディアッカはごくり、と唾を飲み込んだ。まるで、キスの経験もないガキのように。何度もキスしている相手に緊張している自分に気づく。
 細い肩を抑え、かぶったシーツを払いのける。ふわりと銀の髪がその白い頬に揺れた。そのまま唇をそっと寄せる。やわらかい熱が二人の間にともる。ディアッカは深く相手を犯す。ときに唇を噛み、吸い、舌の奥に絡みながら。するとイザークもいつも以上に熱っぽく応えてくる。腕をディアッカの首に回して、自分へと引き寄せる。顔を傾けて、荒い息が漏れる。その声が耳に届くと、ディアッカの理性は飛びそうになった。あわててイザークを引き剥がす。
「な、どーしたの?」
 この豹変ぶりの原因を聞いておきたいと思ったのだ。だが、イザークはそれに答えず、ディアッカに抱きつくとそのままベッドへ押し倒した。
「うわっ」
 イザークの下敷きになりながら、ディアッカはその細い身体を抱きしめる。
 なおもイザークはキスをしてくる。柔らかな髪がディアッカの頬に落ちて、ディアッカにいつもとは逆の体勢であることを改めて思い知らせた。
 ありえねぇ・・・。
 頬を染めて、自分を見下ろすイザークの顔がある。いつだって求めるのは自分のほうで、イザークはそれに答えるというのがお決まりのパターンだったから。
 キスをしてくるときだって、その流れの中でだけで、いきなりイザークからなんて絶対になかったのだ。
 それなのに今目の前のイザークは、熱っぽい瞳を半ば閉じながら、自分からキスをしてくる。どう考えても普通じゃない。でもそんなイザークはめちゃくちゃかわいい。されるがままに唇をあずけながら、ディアッカはそんなことを考えた。
 繊細な動きの舌がディアッカの歯列をなぞる。ぞくり、と背中を駆け上がる感触にディアッカは乱暴にねじ込むように同じことをし返した。イザークの体が敏感に反応する。密着した体にはすぐにそれが伝わった。
 ふいにイザークは身体を起こす。
「ん?」
 どうしたのだろうと思って、見ているとさっきまで自分がかぶっていたシーツを引き寄せるとシーツごとディアッカの上に覆いかぶさる。
 すっぽりとシーツにくるまれた状態で、ディアッカの脇にもぐりこむ。
 そしてまた、褐色の頬にキスをしてきた。
「どーしたんだよ」
 言いながらも恋人の身体を抱き寄せる。今度はディアッカがキスを与える。軽く、ついばむような甘いキス。
 それにくすぐったそうな表情をするイザークは、信じられないくらい甘い顔をしていた。普段の冷たささえ感じさせる雰囲気は消えうせ、ディアッカといるときでさえ、どこか気を抜かない表情なのに、それがまるでない。
「いつ・・・」
 ポツリ、とつぶやかれた言葉にディアッカはその顔を覗き込む。
「いつ、死ぬかわからないんだ」
「・・・」
 それが何を指しているのか、ディアッカはすぐに理解した。
 5日前、イザークの友人が戦死したという情報が入ったのだ。
 同じ研究をしていた友人で、オペレーターとして乗艦していた艦が地球軍にやられたのだという。
 それを知ったイザークはひどくショックを受けて、いつも気丈なフリをするというのに、今回ばかりは食事さえ受け付けなかったほどだ。
 漠然としていた「戦争」と「死」のイメージを直接的にリアルなカタチで引き寄せるには、十分すぎるほどの出来事だったのだ。
 ようやく普通の状態に戻ったのは昨日あたりからだった。
「だから、ちゃんと伝えようと思った」
「・・・そっか・・・・・・」
 言葉にするのが苦手なイザークがキスをすることで伝えようとした想い。それをディアッカはその唇に感じ取った。
 ぎゅっと強く握る拳をディアッカの胸に押し付けてくる。
「いつも、ディアッカが言うから、俺が言ったことなかったろう」
「あぁ、そーだな」
 硬く握られた拳を口元に寄せてそこにディアッカはキスをする。
「だから」
 言うと両手を突いて起き上がり、ディアッカを見下ろす。
「ディアッカが好きだ」
 まっすぐに蒼い瞳をディアッカに向けて、言う。その色はどこまでも澄んで、深く揺れる。それを受け止めるディアッカの瞳も、甘い、けれどもゆるぎない想いをそこに宿している。
「オレも好きだよ」
 その身体を腕のなかに抱きしめながら、ディアッカは銀になびく髪を梳いた。そしてやさしく、深く、想いをこめて、イザークに絡みつくように口付けを重ねた。
 すると、イザークはもう一度、今度はゆっくりと口付けを求め、それに酔うように瞳を閉じた。





END

2004/12/21







あとがき


1000hitオーバー記念に、書いてみました。
とにかく甘い乙女なイザを書きたくて始めました。
あまりにも甘いからディアの夢オチにするつもりが、
なんだかふつーの話になってしまったなーという感じです。

そして書き終わったら「甘えるイザーク」になってるので、お題に入れました。
私にはやはりコミカルなセンスはないらしいです。
オチのつく話なんて書けなかった・・・

毎度毎度、こんなのですが、読んでいただいてありがとうございます。
今後ともよろしくお願いしますっ。