『イザーク
 紙に文字を書くなんて非効率的だ、と君には笑われてしまいそうだけれど、この方が温かみが伝わるから、僕は敢えて紙に記すことにするよ。
 戦場での活躍は聞いているよ。ただの通信士の僕にさえ子細が伝わるほどにね。
 君がカレッジを休学してアカデミーに入ると聞いたときにはとても残念に思ったものだけれど、君のような優秀な人間は民俗学なんて狭い分野に納まっていることのほうがもったいないことなのかもしれないと今ではときどき思うよ。本を読んでいるしか能のない僕とは違って、君はあらゆる面で常に先頭に立つのがふさわしい人間のようだからね。(こう言うと君は、貴様は欲がなさすぎる、と叱りそうだけれど・・・)
 そんな君と共に学べたことは今となっては僕にとってかけがえのない時間だよ。

 いつかこの戦争が終わったらまた君と机を並べて議論してみたいな。結局途中になったままのアイリッシュ文化についてなんてどうだい?
 その日が来るまでお互いに無事でいることを祈るよ。きっと君のほうが危険が多いだろうから僕はあちこちの宗教の神に祈らないといけないね。でも宗教については君のほうが得意だったから祈る神の数が少ないと文句を言われそうだな…。
 イザーク、どうか無事で。
 再び会うときを楽しみに---。

 エドワード・S・バーグ 』

 ポタポタ、とイザークの頬を透明な液体が伝い落ちる。
 読み終えたイザークの手は小さく震えて、涙にぬれた睫毛が伏せられるとさらに多くの涙が零れ落ちた。
「バカだ・・・エディのやつ、こんなもの寄越すまえに、自分のことだけ考えていれば・・・」
 今さら無駄だとわかっていても、イザークの口からはそんな言葉が出てくる。
 その様子にディアッカはなんて声をかけたらいいのかわからなかった。
 彼がイザークの数少ない友人だというのは知っていた。何度か会ったことのあるディアッカは、彼について口数が少なく控えめな人物という印象しかない。そんな人間がイザークと一番仲のよい研究仲間だというのが不思議に思ったほどだ。
 けれど、彼が亡くなったことを知ったときのショックを受けた様子といい、今のこの様子といい、本当にいい友人だったのだと思い知らされるような気がしていた。
 そこにあるのは小さな嫉妬。
 イザークの心をこれほどに乱す存在に本当なら平静でなんていられないだろうけれど、その人はもういないのだという事実がディアッカを踏みとどまらせた。
 醜い嫉妬の代わりに、生きてイザークのそばにいられることを感謝して、今は居ないその人の冥福を改めて祈る。
「イザーク・・・」
 名前を呼ぶしか出来ないディアッカに、イザークは振り返って潤んだままの蒼の瞳を向けた。  そのまま両手を広げればイザークはディアッカの胸の中に泣いてぐしゃぐしゃになった顔を押し付ける。
「ディアッカ、俺は・・・ナチュラルを許さない。この手で奴らを・・・滅ぼしてやる!」
 ぐっ、と拳を握り締めたイザークをディアッカはそっと抱きしめた。
「オレは・・・イザークに付いていくよ、ずっと・・・」
 顔を伏せたまま微かに震える銀色の髪にディアッカは鼻先をうずめて口付けを落とす。
 黙ったままそれを受け入れてイザークは、ただ、ディアッカの腕の中で立ち続けていた------。







2006/1/25




あとがき。

そーいうわけで、kiss×kiss×kissの続編、だったり。
続編ていうか後日談。1年以上経って続きって言ってもね・・・;
続編なのに甘くないですが、元の話がキスシリーズだからって
続きがシリーズに収まるとは限らず・・・。
って言い訳だらけ・・・。
なんとなくね、こんな話が書きたくなったのです。
画像に文字が負けてますが、月下美人。儚い命に見立ててみました。