「おい、今日の放課後は自由がないと思え」
「自由がないって?」
 急に切り出したイザーク・ジュールにディアッカは意味がわからずに物問いたげな顔を向ける。
「母上に話をしたら、すぐにでもつれて来いと今日の午後の予定をすべてキャンセルしてしまったからな」
 放課後は連行する、と笑ってイザーク・ジュールが告げる。友人など家に呼んだことないと言っていたイザーク・ジュールは自分を母親にどう話したのだろうか。あまり表情の見えないクールな横顔にディアッカは想像をめぐらして何だか楽しくなった。
「へぇ、じゃあ正式にイザークの友達第一号ってわけだ。エザリア・ジュールって美人だから楽しみだなぁ」
 おどけたディアッカにイザークはカッとなってその襟首を掴み上げる。
「貴様っ、母上のことを愚弄す・・・っ」
 途中までで言葉を止めたイザークは振り上げていた拳を下ろした。不意に感じた違和感の正体に気がついたからだ。
 彼は今、たしかに自分を「イザーク」と呼んだ。母親以外で自分をファーストネームで呼ぶ人間なんてここ久しくいなかった、と記憶が確証を示している。学校のやつらはある種の恐れを込めてフルネームで呼ぶからだ。それが当然となっていたイザークにとって、ファーストネームで呼ばれたことが酷く新鮮だった。
「そんなにいちいち怒るなって。冗談くらい受け流せよ」
 ディアッカは笑っているが、そろそろ登校してきた生徒たちがイザークがまた騒ぎを起こすのかと遠巻きに様子を伺っているのがわかってイザークは掴んでいた手を離す。
「人目があってよかったな、冗談は相手を選んで言うものだ。次に母上を悪く言うなら今度は確実に肋骨を折ってやる」
 微塵も冗談を含んでいないイザークの言葉にディアッカは肩をすくめてみせる。洗脳されていないとはいえ、相当のマザコンなのはどうやら間違いないらしい。
「わかった、もう言わないよ」
 するとイザーク・ジュールはディアッカを見てふっと笑った。
「まぁ、俺も貴様に殴られたくはないがな」
 どこか楽しんでいるようなイザーク・ジュールにディアッカも同じように笑う。
「同感」 
 本気で殴り合いをしたら、きっとどちらもボロボロになるだろうというのはお互いにわかっていることだ。一度くらい殴り合いをしてみたいと思ったディアッカだったが、そんな気持ちはもうすでになくなっていた。それよりももっと楽しいことは一緒にいたらこの先にいくらでもあるはずだ。
「貴様の席は俺の隣だ、ディアッカ」
 自分の席に着きながら、そう言ってイザークはふっと笑った。
 思いもよらず耳に飛び込んできた呼び名にディアッカは目を見開いてイザークを見る。
 その視線の先でイザークは彼特有の自信に満ちた笑いを浮かべ、どこか楽しそうにしてディアッカのことを見ていた。隣のイスを引きながらディアッカはにやっと笑って返す。
 イザーク・ジュールの隣にいる自分。
 自分が誰かと一緒にいたいと思うなんて想像もしたことなかった。
 けれど、それもいいかもしれない。
 こんなに惹かれる人間になんて二度と会えないかもしれないから。
 初めて素直に好きだと思える奴かもしれなかった。
 だから。
 I was born to meet you.
 こいつに出会うために俺は生まれてきたのかもしれない、そんなことをふと思いながら。
 自分の人生数年分、預けてみようか、このイザーク・ジュールに。




END





  2006/2/15



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