taking a nap




 その空間に人が出入りすることはあまりなかった。
 部屋の主である人がそもそもそこにいることが少ないというのが大きな理由ではあったが、それ以外に人為的にその部屋に人を近づけない動きがあるのも確かだった。

 ジュール隊の母艦、ヴォルテールにある指揮官室。
 狭い艦内の居住スペースにおいて例外的に空間を大きく取ったその部屋は隊長の性格そのままにひどくさっぱりとした、言い方を変えば極めて実用的な部屋だった。だがそれを知る人間は少ない。自らをパイロットだと言ってはばからない隊長は極力ブリッジに上がるようにしているから、用事のある部下はまずその姿を探すのはブリッジだったし、そこにいなければMSデッキを覗けば8割以上の確率で見つかるからだ。
 残りの2割のうち半分は隊長がプライベートタイムに入っているときだったから、結局勤務時間のうちの1割ほどをそこで過ごしていることになる。
 だがその部屋に入ることを許される人間はさらに少なくなる。常に傍らにいる副官が入口で用件を確かめてそこで済んでしまう場合が半分近くあって、デスクワークをしている隊長の手を止めてまで入室をする部下はほとんどいないといってよかった。
 人為的な動きというのがこの副官の検問だった。
 緑の服を纏った副官は人がそこへ立ち入るのをなるべく少なくしている、排除しているといってもいいほどだった。その理由はデスクワークをこなす隊長の機嫌が悪いからだと説明していた。隊長の激しい気質をしる部下たちはそれに疑問を持たずにいつも傍にいる副官を変わり者だの理解できないだの言いたい放題だったが、本当のところは違っていたのだ。

 あてがわれたデスクでキーボードを叩いているディアッカは近くから聞こえていたリズミカルな打音がやんだことに気がついた。 視線を上げれば部屋の主はいつのまにやら手を止めてデスクチェアの高い背もたれに寄りかかっている。 いつもはきっちりと止めている襟元はデスクワークをするときの習慣ですっかり寛げられていた。
 もともとはデスクワークの合間に休憩するときだけ開けていたのだが、「二人だけなんだから」というディアッカの言葉と、苦手なデスクワークの効率をあげるには少しでもリラックスした方がいい、というのを認めたイザークがこまめな休憩の都度、開けたり閉めたりするくらいならそのままにしようと珍しく副官の提案を受け入れた結果の習慣だった。
 それでもけじめを重んじるイザークはその部屋に部下が入ってくるときは襟を正す。その少しの時間を稼ぐためにディアッカは入口で用件を確かめるようになった。それを部下たちが「検問」と言っていることはさすがにイザークも知るところではなかったが、わざわざ隊長が出なくても隊長の仕事の半分くらいを肩代わりしている副官が解決できる問題がかなりなって、実際にはその部屋でほとんど襟を閉めている時間というのはないに等しかった。

「・・・ったく、こんな顔、誰にも見せたくないってーの」
 ディアッカは席を立ってイザークを起こさないようにすぐ傍まで歩み寄った。
 イザークは背もたれに頭を預けてウトウトと眠りに落ちていた。そのあどけない寝顔は厳しいので有名なジュール隊長とはまるで思えない。肘掛に片手を置いたまま緩められた口元は少しだけ開いて、白皙の頬に銀色の髪がかかっている。
「最近忙しかったのに、夕べは無茶しちゃったからな・・・」
 少女のような寝顔に昨夜の抱擁を思い出してディアッカは小さく苦笑した。
 隊長となってからイザークは仕事を第一にするようになった。もともとまじめだったイザークは高い地位を得てますます自分に厳しくなった。仕事に支障をきたすようなら同じベッドに寝ていたとしても最後まで抱くことは許さないほどだ。おかげでディアッカにしてみれば以前に比べてかなり厳しいお預けも耐えなければいけなかったのだが、昨夜は自分を止めることが出来ず、そしてイザークも強く拒まなかったことからしてみればきっと限界だったのだろう、その結果、互いに何度も求め合うことになったのだ。
 そして。
 目の前でイザークは居眠りをしている。つまりは相当な疲労が残っているということだろう。身に覚えがあるだけにディアッカはポリポリと金色のクセ毛をかいてみた。
 とはいえ、いくら自分しかいない部屋だからといって、こうも無防備な姿を晒されるとまた理性が飛んでしまいそうだとディアッカは笑う。全幅の信頼というのは確かに嬉しいけれど、容赦なく色香を漂わせられては身がもたないというものだ。
「オレもそんなに大人じゃないんだぜ・・・わかってんのかね?」
 二人きりの部屋で好きな人の無防備な寝顔をみて大人しく見守っているにはディアッカはまだまだ若かった。自分を抑えていられるほど大人じゃなかったし、何よりイザークのことが愛しくてたまらないのだ。
「・・・いただきますっと」
 笑いながらそう小さな声をかけて、ディアッカは屈みながらイザークの唇に自分のそれをそっと重ねる。軽い口付けだったが、寝ていた人を起こすには充分だった。
「ん・・・?」
 小さく声を漏らしてイザークが目を開ければ、すぐ目の前に見慣れた恋人の顔があった。
「ディアッカ・・・」
「・・・おはよう、イザーク」
 言われてイザークは自分がうたた寝していたことに気づく。
「俺は・・・寝てたのか?」
 イザークのデスクに腰掛けるようにして見下ろしている副官は頷いた。
「あぁ、かわいい寝顔だったよ」
 かわいい、という言葉に反応してイザークの頬はかぁっと赤くなる。それにディアッカは自分の額を押さえた。こんな顔されて我慢なんてできるわけがない。しかも着ている軍服は半ば肌蹴られているのだ。
「イザーク、あのさ・・・」
「な、なんだ?」
 慌てて姿勢を正して威厳を取り戻しつつ、青い眼で睨むようにしてイザークは聞き返した。
「あんまり無防備な姿見せないでくれよ・・・こっちの理性がもたないっていうの!」
 言い終わると同時にディアッカは座っていたデスクから降りてイザークの上に跨った。そしてそのまま強引にイザークの唇を奪う。
「ばか! 誰か来たら・・・っ」
 無理やりその体を押しやって隊長は言うが、それにディアッカは余裕たっぷりににっこりと笑った。
「ドアにロックかけたから大丈夫」
 その言葉にイザークはデスクの端にあるドアのロックパネルに手を伸ばそうとしたが、それはディアッカがローラーつきのチェアを勢いよく押して机から遠ざけたことでかなわなかった。
「お前っ」
 尚も抗議しようとするイザークだったが、重ねてキスをされてそれも封じられた。ただ青い瞳が忌々しげに睨みあげている・・・がそれもすぐに伏せられた目蓋によって覆い隠される。抗議の声の代わりにイザークから手があがり、それがディアッカの軍服の背中をぎゅっとつかんだ。
「残業の覚悟、あるんだろうな」
 あくまでも偉そうな言い方がイザークらしくて、ディアッカは声もなく笑うとその額にかかる前髪をかきあげ、そこへ唇を落としてその体を抱きしめた。
 それに対する返答は寝顔と変わらない、甘い、あどけない笑顔とイザークからの口付けだった。




END

2005/11/16


あとがき。


うたた寝ショットの衝撃をSSにしてみました。
かわいいだけじゃ終わらない話ですみません(笑)
最近大人なディアッカばかり書いてたので、
我慢なんてできないぞーなディアッカをかいてみました。
タイトルは昼寝をするとか、そーいう意味