「あ・・・」
 ぼんやりと目を開けたイザークは、傾いた日差しに目を細める。いつの間にか自分は眠ってしまったらしい。体の上にかけられたタオルケットはディアッカの仕業だろう。
 イザークはもう一度目を閉じて夢の続きを思い出す。
 辛くてたまらなくて、毎晩泣いたあの頃。
 神様は意地悪だと恨むことで自分を保ち続けていた日々。
 そしてそれは思いもかけず叶えられて、それが今、自分の傍にいる。
 あの時、神様に願ったとき、自分の欲しいものはこれで最後だから、ほかにはもう何も要らないから、だからお願いだ、と言い続けた。
 そしてそれが叶えられたのだから、自分はもう何も要らないのだ。
 たった一人を除いては・・・。
 
 ゆっくりと起き上がって、辺りを見回すとディアッカの気配がない。ソファから立ち上がってイザークはテラスの端に立つと広い庭を見渡した。
 ふとプールからする水音に気がついた。目を凝らしてみると、泳いでいる人間がそこにいた。
 テラスから何も履かずにイザークは芝生の庭に降りる。手入れされた芝生はふかふかとしていて、イザークの白い足を優しく受け止めた。
「あれ、イザーク? 起きたの?」
 プールに向かって歩いてくる人影にディアッカはすぐに気がついた。バシャバシャと水を掻いてプールサイドに近寄りながら、ディアッカは嬉しそうに笑っている。
「気持ちいいぜ、イザークも泳げば?」
 左右に首を振るイザークに残念そうにすると、すぐに勢いよくディアッカは水から上がった。全身から水を払いながら、濡れた髪をかきあげる。
 デッキチェアに置いたタオルで水気をふき取ろうとするディアッカの腕を取ると、イザークは服が濡れるのも構わずにその体に抱きついた。
「イザーク?」
「一度だけ、神様に願ったことがある・・・。もう何も要らないから、だからお前を返してくれって」
 ぎゅっと回した腕に力を込めてイザークは言った。
「だから、もう俺には欲しいものなんてないんだ・・・」
「イザーク・・・」
 誕生日に欲しいものを聞かれたときの『休み』という言葉の本当の意味。
 それをイザークは無器用ながらにディアッカに伝えたのだ。二人だけでいられる時間、それだけで充分だ、ということを。
「なら、オレは最後の最後までイザークの傍にいないとな。ほかに欲しいものができた、なんて言われたら立つ瀬ないし」
 言って笑うディアッカの顔は屈託がない。
 顎を上げてキスしてくるディアッカをイザークは黙って受け入れた。
「たとえ火の中、水の中、どこまでだって一緒にいるよ」
 言うとディアッカは思いついた顔をして、イザークの体を抱きしめる。そしてそのままプールに近づくと、腕の中のイザークごとプールへとダイブした。
 バシャーンッと大きな水音と波が立って、二人の体が水へと落ちた。
 プールの底は斜めになっていて、徐々に深くなっていく水深は一番深いところで4メートルにもなった。そして二人がいるのは身長よりも深いところで、立っても足の届くところではなかった。
「ディアッカっ」
 暴れようとするイザークを押さえつけてディアッカは悪戯っぽく笑う。
「言ったでしょ。たとえ火の中、水の中って。だからほら、水の中」
 するとイザークはディアッカの腕の中、その頬を押さえつけて口の端を上げて笑った。
「なら、ほんとの水の中に付き合え」
 そして唇を重ねるとディアッカの足に自分の足を絡ませて水を蹴っていた足を押さえつけた。途端に二人の体は水の中に沈む。
 軍人である二人の体は鍛えられていて体脂肪があまりない。だから、泳ぐのをやめると簡単に水に沈んでしまうのだ。
 
 抱き合ったままの二人の体は、ゆっくりと横になって水の中で漂う。
 銀の髪はゆらゆらと水に揺れて、ディアッカはその体を強く抱いた。
 まるで無重力の宇宙に放り出されたような感覚を思い出しながら、空気を分け合うように口付けたまま。
 何の音もない空間。
 二人だけでいる、そのことだけを感じながら。
 強く抱きしめる腕を二度と離しはしない、とイザークは二十歳になった自分に誓う。
 最後に願った、ただ一人の存在を。







End



2005/8/8



あとがき。

うわー、誕生日の日付になったぁ!
・・・で、イザーク誕生日ものです。
間に合うなんて奇跡だ、奇跡! いや、これぞ愛の力だ(笑)
甘々な話もいいかなと思ったんだけど、二十歳ということでちょっと大人風味。
出来はよくないですが、珍しくイザーク視点寄りな書き方です。
水の中の二人が書きたくなって、こんな話です。
水中の無音というのは本当に感動的です。
ほんの5メートルでも潜ると全然違うんですよ^^。


Very Happy  Birthday  Yzak  with Love !