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内容としてはいわゆる「死ネタ」に分類されます。苦手な方はご注意ください。
設定としてオフの「Would you marry me?」を前提としています。
(読まなくても支障はありません)
銀 色
好きな色は赤だった。
昔からずっと赤は強いというイメージがあってそれだけの理由で好きな色と聞かれれば必ず「赤」と答えていた。
それが変わったのは一人の少年に出会ってからだ。
その少年は美しいブルーの瞳をしていた。海の色を写し取ったような深い青がガラス細工のように煌いていて一目で惹かれていた。けれど印象に強く残ったのはその青ではなくて、彼の長い髪の色だった。
彼は全てが美しかった。ガラス細工の目の色も、陶器のような肌の色も、ほんのりと色づいた唇の色も桜貝のような爪の先までもが名工の手による人形のようだった。だが彼は人形ではなかった。
美しい外見を恐ろしく裏切るような性格は正義感に満ち溢れ、曲がったことを許さなかった。彼は他人に厳しいだけでなく自分にも厳しかった。いや、何より自分に厳しい性格で、ときに近くにいる人間が諭したところで己を責めることをやめようとしなかった。
そんな彼だったから嫌う人間も多かったがそれ以上に彼は人に好かれていた。若いうちから部隊の指揮を執ったために部下にはとても人気があった。彼についてはその美しい容姿と同じだけ厳しさも軍の中では知られていたがそれ以上に部下から慕われていることで有名だった。彼の部隊は親衛隊を言われるほどに隊長に心酔していた。そして彼は部下の信頼を裏切ることはなかったから、彼の部隊は軍で一番の人気があった。
一番の部下は彼を評してこう言ったものだ。
「隊長は誰よりも部下を大切にするから誰よりも慕われる上官なんです。こんな隊長の指揮下にいられることを誇りに思います」
笑いながらそういう彼女は彼の数度の部署異動のたびに引き抜かれ、結局結婚して子供を生むまで彼の元で働いた。ちなみにそのとき生まれた彼女の息子は彼女の幸福な退官を心の底から祝っていた彼が名づけ親となった。その名はアランといい「調和」などの意を持つケルト系の言葉が語源という、人類の調和を願う彼が考えるにふさわしい名前だった。
もちろん彼にも子供はできた。新しい法律に従い二人の子供を持つことになったのだ。彼はパートナーとの間に男女一人ずつの子供を作った。長男のエドワールは彼の髪と肌の色を持って生まれてきた。性格はパートナーに似ていたが長男は彼を誰より尊敬していた。いや、相手の性格に似ていたからこそ彼を慕ったのかもしれない。二人の親は子供がいてもそれが成長しても互いに愛していることを隠そうともいないほどの仲だったのだ。そして長女はレベッカと名づけられた。髪は彼を愛した人に似て蜂蜜色をしていたが瞳の色は彼の空を映したブルーを受け継いでいた。彼女もまた彼を愛し、彼は娘を溺愛してきた。その姿はかつての彼とその母親を思い出させてパートナーは苦笑いを浮かべることもしばしばだった。
彼は長く軍に身を置いたあと政治の世界で活躍をした。彼が願った恒久の平和を実現させるために軍人の立場でできることをした後は政治家となることでその平和が長く続くように尽力した。そしてエドワールは彼の後を継いで若くして優秀な政治家となっている。長女のレベッカは彼の知的好奇心を受け継いで地球に深い関心をもち、たびたび彼について地球に降りていたが現在はナチュラルとの間に幸せな家庭を築いている。彼女がナチュラルの恋人を連れてきたときには暖かくそれを迎え、娘の幸せな顔を喜んだ。エドワールの結婚相手は地球のある家の娘だった。その娘自身はコーディネーターであったのだが、それは彼のかつてのライバルの娘でもありそのめぐり合わせに旧友とともに笑いあった。
そして孫に囲まれる頃になると彼は長い間の念願だった研究に日々の時間を費やした。もともと民俗学が好きだった彼は軍に入ってからいつかは学問に戻りたい思いを抱きながら、自分の生まれた国のために働きつづけていたのだ。だから政治を退いたときには郊外に家をもち、本に囲まれパートナーと二人きりで水入らずのときをすごせることを心の底から喜んでいた。
彼とパートナーは誰もがうらやむ仲だった。出会ってからほとんど離れていたことがないというほどにいつも二人は傍にいた。軍においても政治においても彼はパートナーと最高のコンビで最高の仕事をしていた。私生活でも正式に結婚をし、公私共に同じ道を歩むようになってもその仲が変わることはなかった。まっすぐに道を進んでいく彼をパートナーは完璧に補佐していた。彼が支えられているように見えたが彼の存在はパートナーにとって大きな存在に違いなかった。
長い時間を過ごしても彼の美しさは変わらなかった。その銀色の髪は輝きを失わず透き通るブルーの瞳は益々濃く深くなっていった。コーディネートされた身はいつまでも若いままだった。やがて時が彼の体を少しずつ蝕んでいってもその笑顔とまっすぐな性格は変わらなかった。もっとも、息子には厳しく接していた彼も孫たちには甘い顔ばかりを見せていたからその性格はおとなしくなったように思われていたかもしれないが、それでもパートナーにときおり見せる厳しい顔は昔のままの生真面目さに溢れていた。ベッドの上で長く時間を過ごすようになってもその肌はすべすべとしていたし、本を読み、平和を愛する姿勢はそのままだった。
だがいくらコーディネーターであってもその命は永遠ではなかった。
彼は美しく、まっすぐに生きたそのままに永遠の眠りについた。
狭い箱の中で美しい花に囲まれて彼は静かに眠り続けている。人形のような美しさはその肌から暖かさを失って本当の人形になってしまった。跪いてその肌に手を伸ばして触れると今すぐにでもその瞼の下から美しいブルーが現れるのではないかと思わせるくらいに彼は穏やかな笑みを浮かべている。
彼が最後に口にした言葉は、出会ったときとまったく同じ言葉だった。
柔らかい銀色の髪を手に取るとそっとそれに口づける。
彼が息を引き取ってから二人だけで過ごした夜のうちに自分が彼の元に追いつくときの分まで抱きしめる口付けは済ませておいた。そのせいで彼の唇は少しだけ美しさを損なってしまっていたけれど、きっと彼は笑って許してくれるだろう。お前はいつまでも落ち着きがない奴だな、と。
涙はもう枯れてしまった。
彼の意識が戻らない時間が段々と長くなるにつれて毎日を泣いて過ごしていたから。最後は彼を笑顔で送ろうと決めていたから、朦朧とした意識の中で最後に彼が自分を呼んだときには上手く笑って答えらてよかったと思っている。
それはきっとほんの少しの間だけだから口にだして言っておこうと思ったのかもしれない。思えば彼との間でそんな言葉を口にしたことは何度もなかった気がする。それくらい彼とはいつも近くにいたのだ。
手のひらから銀色の髪がするすると零れ落ち、一粒の涙が動かぬ彼の頬に散っていった。
「さよなら・・・オレの愛する銀色の人」
目を閉じればつい昨日のことのように蘇る景色。
残暑の厳しい9月のその日、突き抜けるような青い空の下、新しく通い始めた幼年学校の廊下で突然オレは名前を呼ばれた。
「ディアッカ!」
その声に振り返ると一人の少年がこちらに駆け足で近づいてくるところだった。
「お前ディアッカ・エルスマンだろう? オレはイザーク・ジュールだ」
忘れられないほどの飛び切りの笑顔とキラキラと輝く銀色の光に包まれた彼はオレの名を初めて呼んだのだ。
その瞬間、オレの中で好きな色は「銀色」に塗り替えられていた。
イザーク・ジュールという名とともに。
2008.1.30