Blue and Blue
 青い空に。

 ――手が届けばいいと思うのに。
 

 地球に住む人類は長い間――きっと宇宙に星を見つけたときからずっと空に焦がれてきた。
 その理由はわからなかった。なぜなら自分達はそのソラで生まれ育ったからだ。
「イザーク?」
 名前を呼ばれて目を開ければ見下ろして覗き込むようにディアッカが立っている。見慣れたはずの軍服姿じゃなく、ジーンズにシャツという気楽な姿で。いや、それももうかなり慣れたはずだった。自分達が軍服を脱いでから一ヶ月の時間が流れているのだから。
「遅かったな」
 起き上がりながら汗をかいてるドリンクを受け取ると隣に座りながら肩を竦める。
「思ったより遠かったんだよ、コンビニ」
「そうか」

 形の上で停戦になってから、プラントは混乱の限りを極めていた。政府はことどとく機能不全に陥りZAFTも例外じゃなかった。
 そんな中イザークとディアッカは地球に降りた。互いに罪を犯した立場だ。裁かれることを避けられないのは明白だから、ただ徒に時間を持て余すくらいなら今のうちにできることをしようということだ。そして毎日の居場所の報告を条件にそれは許された。

「俺たちは何を守るために戦ったんだ」
 地球の海はきれいだった。戦争中にも見ているはずなのにまるで記憶にはなくて、改めて見て初めてそう思った。
 母なる地球。この海から全ての生命が生み出されたのだという。静かに波立つその水面は戦争もナチュラルもコーディネーターも関係ないところで、永久に時間の波を刻み続けるのだろう。
「コーディネーターという種の存在、だろ」
「お前はそうなのか」
 聞き返すイザークにディアッカが小さく笑った気がした。
「意外だな、それを一番言ってたのはイザークじゃなかったのかよ」
 確かにそんなことを信じていた。コーディネーターはナチュラルの言いなりになる必要などない優れた人種だと。その生活を国を守るためには戦うしかないのだと。
「なら、コーディネーターとは何なんだとお前は思う?」
 さらりと、太陽光を含んだ髪を揺らしながら横を向く。
「何それ、禅問答とかってやつ?」
 からかうように笑うけれど、その目は笑ってなんかなかった。
「お前は見たんだろ、ナチュラルってやつらの生活を。それと比べてコーディネーターとは何だと思ったんだ?」
 その答えが見つかったからこそ、ZAFTに戻らず敵対してまでもあの艦に居続けたんだろう?
「その答えならオレに聞くまでもないじゃん。イザークだってそれがわかったから最後にはあんなことしたんじゃないの?」
 味方を裏切るような行動は、何よりあきらかにイザークが信じるものを、信じたいものを守ろうとしていた。
「それじゃ答えになってないだろう」
 プシュリと炭酸が弾ける音をさせて、ディアッカがボトルを呷る。
「なってるさ。じゃなきゃイザークが地球に降りるはずがない」
 いま、自分達がいる場所はナチュラルが守ろうとした星なのだ。コーディネーターと敵対した存在であるはずの、虫けらみたいだと見下していた人類が住み続けてきたちっぽけな青い惑星。あのまま宇宙しか知らず、コーディネーターの世界しか知らなかったら地球になんて降りたいと思うこともなかっただろう。ナチュラルは進化のできなかった種でしかなくて、自分達より劣っただけの存在だったのだから。
 だけど、自分達は気が付いたのだ。
 守りたいものはナチュラルもコーディネーターも変わらないのだと。
 コーディネーターという種、なんて大それたものじゃなく、ただ一人ひとりの生活を、家族を、友人を守りたかっただけなんだと。
「嫌な奴だな」
 拗ねた口調に笑わずにはいられなかった。
「誰にモノ聞いてんの?あんたのこと一番知ってる人間になんて聞くから悪いんでしょうが」
 だからきっと見てみたくなったのに違いない。ナチュラルが守りたかった地球という惑星を。その人々の暮らしを、そこに住む人たちを。
「百点満点とは行かなかったけどさ――」
 切り出すと青い目がまっすぐに見つめてくる。ずっと似ていると思っていた地球の星の青は、目の前の空と海の青だった。
「精一杯やった分だけ守れたんじゃないの?」
 失ったものは小さくはないけれど、ずっと守りたいものと、もっと大切なものを見つけられたのだから、無意味なんかじゃないはずだ。 
「――きっと、守るだけじゃ足りないんだ。これからずっと戦いは続くだろうな」
 武器を持たない戦いは答えがすぐに出ないだけもどかしく長い時間を必要とするだろう。だけど、それが無意味だなんて今はもう思わない。
「戦わないための戦い?そういうのもいいんじゃないの?」
 大きく伸びをしてイザークが振り向いた。
「もっと近ければいいんだ」
「近く?」
「ソラと地球の距離が遠すぎるから、もどかしくなるんだ」
 言ったイザークにディアッカは笑う。
「それって経験者は語るってやつ?オレがいなくてもどかしかったとか」
 離れていたときのことはきっと忘れない。隣にいることができなくなって初めてその大切さを身に沁みて思い知ったのだから。だがイザークは思い切りそれを無視した。
「この海はずっときれいなままでいて欲しいと思う」
 戦争の兵器に汚染されることなく、ずっと、青いままで。
「そうだな。じゃなきゃイザークの瞳まで曇っちまうし」
 どこまでも続きそうなディアッカの戯言にイザークは立ち上がった。
「行くぞ」
 地球の空と海の青さを映して、銀と白が輝くようにまぶしい。
 その姿はそれまでで一番美しかった。







2007/11/25 UP