明けない夜
「イザーク」

 声をかけてみても起きる気配がないイザークというのは珍しい。
「熟睡、だな」
 起き上がってその顔を見下ろす。
 普段厳しい隊長として隊員に睨みを聞かせているイザークだが、寝顔は昔から変わらないあどけない少女のような顔だ。
 何も身につけずにシーツの中でまどろんでいる姿は本当に少女かと思わせるほどキレイで繊細そうだ。
 実際イザークの神経は繊細だと思う。ただそれを隠すかのように外へ向けての攻撃が激しいからそうは思われないのだろうが、わかりやすいと言われる激し易い性格は感受性が豊かなゆえの一面といえるだろう。
「おーい」
 からかうようにしてみても何も反応がない様子に、つまらなくなって布団の中から抜け出した。
 シャツをひっかけてキッチンに向かう。中途半端な時間に目が覚めてしまったから寝なおす気にもならないし、かといってイザークを起こしてしまうのは気が引ける。だからコーヒーでも入れようとキッチンに向かったのだ。
 コーヒーよりは紅茶が好きなイザークだが、眠気の残る朝にはコーヒーを飲みたがる。もともと自分はコーヒー党だから豆を挽くつもりではいたが、この様子だとイザークも飲むだろうと二人分の豆を挽く。今日はブルーマウンテン。荒めに挽いてドリップケトルに沸いたお湯を注ぐといい香りが漂った。
 それを二つカップに注いで寝室へともってきた。
 ベッドの上のイザークは相変わらず寝たままでそれを確認してニュースをチェックしようとローボードに置いてある通信機のスイッチを入れる。音声をミュートにしてから一通りの内容を流してそれから天気スケジュールを確かめる。
 今日の気温は12度。確かに今の室内もうっすらと寒気がする。
「寒いかな」
 ディアッカとイザークの適温の幅には差がある。イザークは寒がりなのだ。本人がアツくなる奴だから寒いのはダメなんだろ、と評したのはアカデミー時代のミゲルだった。そしてイザークは相変わらずに寒いと寝起きがよくない。

 今日は朝から会議が入っているからぎりぎりまで寝かせておいて寝ぼけた頭で出勤させるわけにもいかなかった。
 考えてから暖房のスイッチを入れる。

「ん・・・」
 寝返りを打つ声にディアッカはベッドを振り返った。
「んディぁ・・・」
 寝ぼけながら名前を呼んで布団を肩までずり上げる。あぁやっぱり寒いのかと小さく笑うとディアッカはコーヒーを飲み干して布団の間に滑り込んだ。
「こら、起きろよ」
 コツン、と額を叩いてみると嫌々とするようにもそもそと布団の中に潜っていく。
「ったく、そんなかわいい仕草されたら朝から襲いたくなるっつーの」
 布団を半分巻き上げて寒がりの虫を引っ張り出す。そして額にチュッと口付けを落とした。
「おーい、朝だぞー」
 耳元で手を立てて呼びかけると漸く薄目を開いてぼんやりと自分を見上げる瞳が現れた。
「・・・さむぃ」
 寝起きの舌足らずな口調で開口一番にそういうとまた布団に潜り込もうとして、ディアッカはその手を引き止める。
「今日は会議だろ」
 優秀な副官はスケジュール管理もばっちりだった。
「まだ早い」
 時刻も確かめずにいい加減なことを言う上官にディアッカは小さく息をつくと「しょうがないな」と呟いて自分も布団に入り込む。
「人間暖房機」
 耳元で言いながらイザークを抱きしめた。自分より幾分低い体温がパジャマ越しに伝わる。
「全然暖かくない」
 ぼそっと漏れた文句に、それでも自分を剥がそうとしない寒がりにギュウッと強く抱くと、自分の意思とは無関係に体が反応し始めた。
「・・・」
 そ知らぬふりをし続けてみると、しばらくしてイザークが抱きしめる腕につめを立てる。
「ぃてっ」
「この、万年発情期が」
 言われてしまうと反論の余地はない。けれどもこんなことするのは寒がってるイザークを温めてやろうという純粋な親切心からなのだ。体が反応するのは男なんだから仕方がないじゃないか。
「嫌なら離れるけど」
 短く言うと突き放されると思ったのとは違って、腕の中でくるりとイザークが回転し、その寝起きの顔が目の前に現れた。
「別に・・・嫌だとは言ってない」
 そうして自分から腕を廻して抱きついてきた。
「・・・コーヒーの匂いがする」
「あぁ、今飲んだからな。イザークの分もあるよ」
 目覚めの一杯を飲みたがるのかと思ったら、イザークの反応は予想外だった。巻きつけた腕で顔を引き寄せると自分から唇を押し付ける。
 驚くディアッカの目の前でイザークはふんわりと笑った。
「お前の匂いだけで十分だ」

 その笑顔はまるで花が咲き綻ぶような柔らかさで。
 一瞬で心が奪われてしまう。

 そして一気に熱を上げた体にイザークがさらに誘惑を仕掛けてくる。
「あと30分だけ・・・いいだろ」
 続くキスと絡まる脚がぎりぎりで葛藤する理性を奪い去っていく。
 
 ――あぁ。

「誘ったのはイザークだからな」
 言うと同時に深く唇を重ねれば、寝起きのしどけなさで応じる熱にたどり着いた。

 ミイラ取りがミイラになってるなと思いながら布団の中へ深く潜り込む。腕の中のイザークは嬉しそうに笑いながらもう一度キスを求めてきた。

 あと少しだけ。 
 夜はまだ明けないことにしておこう。








2006/11/8






あとがき

リハビリ。
いろいろとあれですが・・・。
まだまだリハビリ中なので!!!