泥のように眠る

「・・・っ」
 なんとか体を支えて20時間ぶりに自分の部屋に辿り着いたディアッカは、ぐったりとベッドに座り込んだ。

 アカデミーでの訓練はさまざまな種類のものがあるが、昨日今日と行われているのは所謂レンジャー訓練といわれるものだった。過酷な環境下で限界ぎりぎりの身体状況でさまざまな訓練をする。ロッククライミングだったり、狭い洞窟を潜り抜けていくミッションだったり、重い荷物を運ぶ訓練だったり、高いポールの天辺まで手と足だけでよじ登ってそこにあるコードを読み取ったり。とにかく休むことなく体に負荷を与え続けて疲労困憊の状況で複雑な軌道計算や射撃訓練をする。
 単に厳しいだけの訓練ではなく、体が平常とはかけ離れた状態で自分をどれだけ保つことが出来るか、また逆に、普段は当たり前に出来ることがどれほど困難になるのか、それを知る訓練でもあった。
 不眠不休で20時間以上過酷なメニューをこなし終えたディアッカは、ようやく解放されて部屋に戻ってきたのだが、足元さえふらふらだった。
 コーディネーターの体力を鑑みた上で組まれているメニューは、体力的にナチュラルの比ではないコーディネーターの少年たちでさえ苦しめるには充分だった。

「・・・シャワーくらい浴びないと、イザークがうるさいしな・・・」
 本当はこのまま倒れこんで寝てしまいたいところだったが、あとから戻ってくるイザークの苦情を考えればそれではあとあと面倒なことになりそうだった。
 訓練は3つのグループに分かれてスタート時間をずらして行われている。1時間半ずつ順次スタートするのだが、後発グループの先頭に追いつかれた時点でその者は追試が決定する。イザークのような人間は本当は最初の組になった方がいいのだが、くじ引きで決定したグループはイザークを最終組にした。ディアッカは最初のグループだったから、さすがにイザークに追いつかれる心配はなかったが、2番目の組の人間はイザークが猛然と追いかけてくるのに冷や冷やしながら訓練をこなしているに違いなかった。
「イザークなら1時間くらい縮めてゴールしそうだし」
 だとしたら、一眠りした後でシャワーを浴びるというのでは間に合いそうもなかった。汚れた訓練着のままベッドで眠り込んでいたら目くじらを立てて怒鳴りだすだろうイザークを想像すると疲れきった体なのに笑いがこみ上げてきた。イザークの化け物じみた体力なら、訓練が終わったあとでもそれくらいのことをする余裕はあるだろうから。
 仕方ない、とディアッカは重い体を持ち上げてシャワールームへ向かった。

 イザークのゴールまでの所要時間はアスランに8分及ばなかった。
 同じグループになったアスランには負けまい、とイザークは猛然と課題をこなしていたのだが、結局アスランに最後まで追いつくことはなかった。体力も限界近く、体もあちこちボロボロの状況でゴールまでの所要時間も負けたとあって、イザークの機嫌は最悪に近い。
 シュンッ。
 開けるのももどかしい電子ロックを解除してイザークは自分の部屋に入る。ドカドカと不機嫌そのままに靴音を立ててベッドへと近づいた。先に訓練を終えたディアッカはとっくに部屋へ帰ってきているはずで、その姿を求めたイザークはすでに夢の中にいるルームメートの姿をそこに見つけた。
 何とかシャワーを浴びてそのまま倒れこんだらしいディアッカは、バスタオルもシーツの上に置いたまま、まだ濡れたままの金色のクセ毛の下で意外に長い睫毛を閉じてスヤスヤと寝息を立てていた。
 一瞬前までアスランに負けたことで頭の中が一杯だったというのに、それを見たとたんにすっかり怒りが冷めてしまった。もともとイザークの勝手なライバル心だけで一方的に勝負になっていたが、べつにこだわる必要なんて何もないのだ。
 あまり見ることのないディアッカの寝顔にイザークは釘付けになる。
 さすがに過酷な訓練で限界を超えたのかいつもは起きて待っているディアッカもすっかり熟睡していた。
 泥のように眠るとはこのことだろう。
 イザークがそのクセ毛に指を伸ばしてみても起きる気配すらなかった。
 くかー、とマヌケな寝息に思わず観察者は噴出した。
「偉そうなこと言ってるわりには、まだまだガキだな」
 そして全身を襲う疲労に気づく。いくら体力自慢のイザークといえど、20時間も食事も取らずに訓練を続けていれば体のコントロールがきかなくなる。しかも、訓練を終えて食事をとってきたから、心地よい睡魔も同時にやってきた。
「人のこと言ってる場合じゃないな」
 
 シャワーを浴びたイザークがベッドに戻るとディアッカはいつもの位置で相変わらず眠りこけていた。
 二人には狭いセミダブルのベッド。
 イザークは壁側に、ディアッカは外側に場所をとり眠るのだ。今は一人だと言うのにディアッカは器用に壁側を半分だけ空けていた。それを見たイザークは一瞬迷う。
 本当ならここまで疲れているのだから一人でベッドを使ってゆっくりと眠るべきなのだが、なんだかそうする気にはならなかった。
 眠り続けている恋人の体を乗り越えて壁側に滑り込むと、そのまま毛布をたくし上げる。そして自分とディアッカを覆うようにかけた。ディアッカは外側を向いていてイザークには背中しか見せていない。が、イザークはそれに構わずにぴったりとその背中に抱きつくと、目蓋を閉じた。
 いつもは腕の中に抱かれているが、たまにはこれもいい・・・。とイザークは遠のいていく意識の底で思った。
 そしてまたイザークも泥のように深い眠りに落ちていく。
 ディアッカ・・・、と声にはならない声で名前を呼びながら。







END


2005/12/15



あとがき。

なんとなく、書いてみました。
イザークからのハグ。
中味なーんにもありません(滝汗
まだまだリハビリ中デス。