「いま、なんて言った?」
 問うイザークの声は低い。
「え、いや、その・・・」
 慌てて起き上がりながら、ディアッカは意味もなく正座をする。ゆっくりと起き上がりながら睨みつけるイザークの視線を必死で交わす。けれど、そんなディアッカの両肩をイザークはがしり、と掴んだ。
「記憶、戻ったのか?」
 覗き込むようにして問われ、ディアッカは黙って頷くしかなかった。
「いつだ? いつ戻った?」
「あー、えっと、イザークが2回目にキスしてくれたとき?」
 その言い方にイザークはぎっと視線を強める。
「俺が聞いてるんだ、お前が聞き返すな!」
「あぁ、ごめんなさい。2回目にキスしてくれたとき、です。オレが遠慮しなくなってイザが落ちそうになったときに、その、なんとなく、覚えがあるな、っていうか・・・」
 下を向いて落ち着きなくディアッカが答える。視線の先でイザークの拳が膝の上でぎゅっと握られた。
 あぁ、殴られるなぁとディアッカが覚悟した矢先だった。
 ぽとり、とイザークの拳の上に水滴が落ちた。
 ぽたぽたと続くそれにディアッカが視線を上げると、イザークがボロボロと涙をこぼしていた。
 てっきり、記憶の戻らない振りをしてイザークを抱こうとした自分を怒るものだとばかり思っていたディアッカは拍子抜けしてしまった。
「イザーク?」
「思い出したなら、思い出したって言え! 俺はずっと思いださないんじゃないかと思って、不安で不安で・・・」
 涙を流しながら睨みつけられて、オレはバカなことをした、とディアッカは後悔した。記憶が戻る前にもイザークは自分のために泣いてくれたのに、くだらないイタズラ心のせいで、イザークをまた泣かせてしまった。
「ごめん・・・」
 それしか言えなくて、ディアッカが黙ったままいるとイザークが自分から抱きついてきた。
「え・・・」
 驚くディアッカに構わずに、肩口に顔を押し付けてくぐもった声でイザークは言う。
「拭くものがないんだから、乾くまでこのままおとなしくしてろ!」
 それが涙のことを言っているのだと理解して、そっとその背中を抱き寄せる。
「ごめん。泣かせるつもりじゃなかったんだ・・・ただ、一生懸命になってくれてるのが嬉しくて、つい調子に乗っちゃってさ・・・」
 ぎゅうっと背中に回した腕に力を込めながらぼそりと声が聞こえる。
「体が覚えてるどころか舌が覚えてるなんて、お前らしすぎてあきれるのも忘れたぞ」
「うん・・・でも、それだけイザークとのキスがオレには大事だってことで・・・」
 その言葉にイザークは脇腹をぎゅっとつねった。
「・・・ってぇ」
「俺を泣かせてそれだけで済んで感謝しろ」
 顔を上げたイザークの目はまだ赤く濡れていたけれど、その顔はすっきりとした笑顔だった。
「イザーク」
 改めてその名前を呼んでみる。
「なんだ?」
「イザーク・・・」
 繰り返し呼ばれてイザークは不審そうにディアッカを見ている。
「だからなんだって!」
「ごめんな。あと、ありがと」
 ふいっと横を向いて頬を押し付けながらイザークは膝に乗ってくる。
「謝るくらいなら、最初から忘れるな」
「うん、そーだな。でも、きっと大事すぎて忘れたんじゃないかな、オレ」
「は? なんだそれは、大事だったら忘れないだろ、ふつう」
 おかしなことを言い出したとばかりに睨みつけてくるイザークを優しく抱き寄せながら、その髪をそっと撫で付ける。
「違うよ。大事なものだから庇うように記憶の奥のほうにしまっちゃったんじゃない? じゃなかったら、こんなに大事なイザークのこと思い出せないなんてオレが納得できないし」
 興味なさそうに聞いていたイザークは、けれど、ディアッカの頬に手を添えるとそっとつぶやいた。
「なら、もう記憶をなくすようなヘマするな」
 そして重なる甘い唇。
 うっとりとそれを受け止めながら、オレはあのままずっと知らない同室者のままでいてもきっとイザークを好きになったんだろうな、とディアッカはそんなことを考えていた。






END





2005/6/8




あとがき。


不発です、すみません。
これはお題「イザが泣いてる」のつもりで書きました。
でも、なんだか酷い・・・。
同日に二本書き上げてどちらも最低の出来というのはどうなんでしょうと思いつつ・・・。
よく考えたらうちのイザークって簡単に泣きそうですね(汗)
わざわざそのために書かないでもよかったのかも、と今さら思いました。
お題を意識すると話が崩れてしまいます。やっぱり難しいです・・・。
タイトルは「舌先の熱」くらいの意味で。
うちのタイトルもそろそろ日本語に転向しようかとしても思いつかず、ごまかしました・・。